アーカイブス(作品)

煙草を恨む(執筆者:久納美輝)

夜もすがらタバコ吸いたり新しき歌詠めぬまま四時を迎える

体によくストレスさえも殺すとぞ聞けば贖(あがな)う電子タバコを

副作用なき煙草など幻想と咳やまざれば我が身に覚える

躁鬱や不眠に効くとうCBDなる合法の大麻を試す

ふかぶかと吸い込む後に咳と涙止まらず大麻は吸わぬと決める

死神の鎖鎌にてわが喉を断ちたし喉に痰がたまりぬ

うつろなる瞳を閉じて眠らむと机(き)に伏せたれば一首が浮かぶ

怠惰から勤勉に至る賽を振る博徒のごとく今日も歌詠む

換気扇回し続けてハエたちの湧くことのなくはつかにさびし

カビのわくザル放置して二週間点から面になることはなし

ミドル・ヴァース(執筆者:久納美輝)

学ぶこと拒むる繭を突き破り翼竜としてわれ飛び立てり

雨流すアスファルト踏み足跡(そくせき)の残らぬ都市の影として生く

往年の若々しさを恨みつつメンズ・ビオレで顔を洗えり

ぐい呑みで養命酒呑む何回も読むには重いヘビー・ヴァースは

ヤミ市のカストリ酒を呑むがごとライト・ヴァースをおそれつつ読む

躁鬱や食欲不振に効く歌をミドル・ヴァースと名付けて愛す

われにのみ効く薬らし人様に歌ほどこせば苦情の嵐

一本の便のとぐろを巻く日には下痢の日よりも韻律のよし

すこしずつ暮らし楽しみ詠む歌を残す日々こそわがクラッシク

自らを乳房にかえて墓碑となすふみ子の裸身にわが手を添えたし

スロー・ラナー(執筆者:久納美輝)

就活の作り笑顔をアイコンにすればサイコなやつと言われり

クノくんといつも呼ばれるウが大事クノウはウだよ何度でも言う

アンニュイな表情をする歌人に笑えとつぶやきブラウザを閉ず

YouTubeを開きたくありひねもすをネットに過ごすWeb編集者

目のクマの激しくコンシーラーを塗り死に顔のごと顔で出社す

意図を汲みかたちにするのがクリエイターでは、歌人とはなにものなのか

ひとに仕事振らないわれに下されるめんどくさがり屋という評価

ディレクターなる職位ゆえ顔色を伺い仕事を振らねばならぬ

個性とはあってないもの自意識のつよき人らの通知をオフする

僕はいま頑張ってるときみに言うためだけに詠む毎日十首

梅雨を歩けば(執筆者:久納美輝)

鼻先と股ぐらとあと太腿をあまねく赤く染めゆく炎(ほむら)

考える葦に油のしらじらと凝りてバッテン付けて採取す

傀儡子は傀儡人とは名乗らざり現代短歌作家と名乗らむ

躁鬱の景をあらわす赤と黒わが目に刺さる『ティーバッグの雨』

酔うために吾の呑む赤きぶどう酒を孝男は渋みぞうましと呑みけり

語るとき目尻の下がりモゴモゴと言葉を探す大学教授は

時事ばかり詠むようになり彼の視し銀河は過去にけぶりつつある

普遍的美学と俗を愛す吾のこころはリンクせずすれ違う

詠草に不幸匂えばその生を認めてその語と吾は向き合わず

傘ささず梅雨を歩けば髪濡らす雨粒すべてをエスプリと呼ぶ

モンキー・ライフ2(執筆者:久納美輝)

少数派ぶりたしグレート・ブリテンの国旗掲げしMINI乗り回し

一身にギャルズ・ウィンクを受けて立つガルウィングからゆっくり降りて

鶏頭をたやすく手折る吾も君も 頸動脈を断てば屍

身を捨つる結社はあれど大義なし総括もなくただ老い痴れるのみ

大義さえあらば他人を殴らむとおもいつつ待つ信号機赤

君といるシンクロニシティともに歌詠みて認知のゆがみを正せり

一日に二本と決めて三本目のモンスター購うカフェイン中毒

恋愛も嗜癖のひとつ人と会う時間を恐れて部屋にこもりぬ

糖質オフの味わいのなきビール飲む 酩酊すらももうめんどくさい

十首出し次の十首の締め切りを恐れて過ごす囚人として

モンキー・ライフ(執筆者:久納美輝)

この都市も地中か蟻の巣のなかに水銀流すごと夏の雨

桜桃忌水面(みなも)を歩き君に問う子供だらけのいまをどう書く

飲めば飲むほど弱くなる金麦の缶積み上げるドランク・モンキー

墓場にて日本酒を飲む猿たちの動画をつまみにわれも酒飲む

血痰を道に吐きつつ煙草喫むI’m OK You’re not OK

パブロンを嚥む口実に風邪をひく妙に頭(ず)の冴え十首ひらめく

弱者とはイワシの定義に似ていると奥歯の煮干しをにれ噛みもどす

十二時を日毎知らせる鳩時計わが瑕疵がまた人づてにくる

わが瑕疵をその場で正す語彙力を持たぬ人らも歌を詠むらし

尊敬の二文字がなく会う人を等しく進んだ猿とおもえり

言語機能における空四面体モデル(著者:鈴木亙)

故鈴木亙先生の「言語機能における空四面体モデル」(2000年3月、愛知女子短期大学紀要」)をここに紹介します。この理論は、通称「カラシメンタイ理論」と呼ばれる鈴木言語学の代表的な論文です。今回は先生の業績を広く知っていただく意味で、遺族の方から了承を得てここに掲載するものです。

http://hyobunken.xyz/wp-content/uploads/2019/04/空四面体理論-1-1.pdf

雪国の黙示録、ソネット(執筆者:太田昌孝)

 雪国の黙示録  

       Ⅰ

越後から三田の丘へ上った詩人の妖術は
アマリリスではなく水仙の園で拾ったものだ
魚沼の蔵で眠り
蓮の茎の横笛が誘う雪国の黙示録
何も知らない村人はその旋律に額を捧げる
雪割草に宿るヒヨドリの肺の温みを夢見て

       Ⅱ

生え初めるクレソンの苦悩
沢の白い水に羞じらう女神の鎖骨に宿る
背徳の言葉たち
「そもそもの始まりは炎の揺めき。
信託から解き放たれるための祈り。」

       Ⅲ

記憶がなかった頃の昔
虎魚の醜さに苦笑した山の神
やがて川を下り千谷の里に
豊穣な稲をもたらすフォークロア
倒れかかる八海の壁に木霊する恍惚に導かれ
詩人は幻影を胸の銅版に刻む
蓴菜の葉脈を数えながら……

 ソネット

ラジオのノイズの向こうに雨が降っている
区切られた音の間にあの頃の匂い
爽やかな悲しみは青く底光りして
老いた額に語りかける

茶色い駅舎に砕けた火花
明日を問うこともなく 
野火止の水は走る
僕らの悔いを携えて

白い肩の娘の息遣い
クヌギの林に踏み迷うスニーカー
三宝寺池の鴨の嘴が射ぬく漆黒の瞳

もう眠らねばならない
逝いた友の微笑みに
一輪のヒメジオンを手向けながら

シュールなかたち(執筆者:加藤孝男)

「まひる野」2019・3

先日亡くなった宇宙物理学者のホーキングは、宇宙の成り立ちをブラックホール理論で説明していた。それゆえ、宇宙は神がつくったという教会の説を否定したのであった。そんなホーキング博士が、ウエストミンスター寺院に眠る。かのアイザックニュートンの墓の近くであるという。

私は、このウエストミンスターのミサに一度だけ潜り込んだことがあった。日曜の礼拝であるが、厳粛なもので、この時だけは拝観料は無料となる。こうした異国の宗教空間というものは、不思議な味わいがある。神というものが、そこにいるかのように感じるのである。ミサの途中、前から手渡しで回されてくるものが、私の心をさらにナイーブにさせた。それは寄付のための大きながま口(財布)であったのである。

ウエストミンスターとニュートン、そしてホーキング。意外な場所に意外な人物の墓という意味で、シュールレアリスムがいうデペイズマン。すなわち、シュールな世界である。

田村ふみ乃『ティーバッグの雨』抄

田村ふみ乃『ティーバッグの雨』 2018.4 短歌研究社

<ラ>が強く男の舌に弾かれてラベンダーの香の色濃くたてり

 人間が舌で弾くもの。とくに男女の間にあっては、さまざまなものが対象になる。この歌はその一つとして音の「ラ」をあげているのだろう。その花の紫と安らかな香りに濃く染まったラベンダーの「ラ」。

2018,5,15 読売新聞 長谷川櫂の詩歌コラム「四季」に掲載

照りつける西日の舗道に動かざるムカデが地表の紋章となる

飴細工 琥珀の熱を黄金の尾びれに変えておよぐ晩夏を

このへんに顔があったと濡れながら父の柩に傘かざす母

ヒゲのなきガラスの猫に凍(し)むる光(かげ)夜すがら瑕を浄めんとせり

溢れたる目薬拭い去りしのち喉(のみど)に苦しひとつ春の嘘

あいまいな別れの理由そのままに君と酔いたる悪王子町(あくおうじちょう)

マンゴーの切断面ぞ美しきペティナイフが満月を裂く

巻き貝の螺旋の尖(さき)のその先を辿れずふたりの夏を逝かしむ

加藤孝男著『曼荼羅華の雨』抄

書肆侃侃房、2017年9月

 

      銀河詩片

      *

この澄んだ地球の外にあるといふ耳のごとくに開いた宇宙

      *

ハナミズキ巻けるしら花ひとひらのその渦のなか銀河はひかる

      *

たましひは転調をなしすべりゆく銀河に満ちる時間のなかを

      *

ハップルズ望遠鏡の映し出す蒼きうなじのごとき星々

      *

群青の水の球体浮かびゐてその網膜にひとら諍(いさか)ふ

      *

倒木の根もとに生ふるひかり苔そこより宇宙は縦横無尽

      *

その昔月に刺さりし宇宙船墓標となりて今宵満月

      *

植物の胚珠のうちの空(くう)にして紺にひろがる宇宙を映す

      *

銀河より晩夏の雨は地にそそぐ夏の愁ひを浄めるごとく

      *

アンドロメダ大星雲との衝突も四十億年の後にして夢

      *

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「読売新聞」2017年9月24日

歌集「曼荼羅華の雨」の批評は、東郷雄二氏(京都大学名誉教授)が、短歌批評サイト「橄欖追放」で、丁寧に論じて下さっています。そのサイトは、以下です。

http://petalismos.net/tag/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%AD%9D%E7%94%B7

「週刊新潮」、俵万智さんの連載です。

カラシニコフの雨(執筆者:久納美輝)

明け方の永代橋からの風景。隅田川のほとりにタワーマンションが建ち並ぶ

気前よく一万円(いちまん)出だし去つてゆく歌人(うたびと)のみを先輩(ぱひせん)と呼ぶ

遠くある豊洲の光まぶしかり永代橋に風そよぐかな

秋の夜にしんしんと染む頭皮より背骨にかけてすべりゆく魚(いを)

鋭き風を防がむとして黒眼鏡掛く茅場町の番長ありき

門前仲町の姐に会はまし馬の尾をふんふんと振る田口綾子に

両腕の柔毛逆立つかまいたち通りすがりに剃つてくれぬか

苦しくも喉(のみど)にせまり来るものをカラシニコフの雨とおもへり

盛り塩に小指をつけて舐めむとす女を支えこを如何せむ

(まひる野2019年2月号を修正したものです)