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田村ふみ乃『ティーバッグの雨』抄

田村ふみ乃『ティーバッグの雨』 2018.4 短歌研究社

<ラ>が強く男の舌に弾かれてラベンダーの香の色濃くたてり

 人間が舌で弾くもの。とくに男女の間にあっては、さまざまなものが対象になる。この歌はその一つとして音の「ラ」をあげているのだろう。その花の紫と安らかな香りに濃く染まったラベンダーの「ラ」。

2018,5,15 読売新聞 長谷川櫂の詩歌コラム「四季」に掲載

照りつける西日の舗道に動かざるムカデが地表の紋章となる

飴細工 琥珀の熱を黄金の尾びれに変えておよぐ晩夏を

このへんに顔があったと濡れながら父の柩に傘かざす母

ヒゲのなきガラスの猫に凍(し)むる光(かげ)夜すがら瑕を浄めんとせり

溢れたる目薬拭い去りしのち喉(のみど)に苦しひとつ春の嘘

あいまいな別れの理由そのままに君と酔いたる悪王子町(あくおうじちょう)

マンゴーの切断面ぞ美しきペティナイフが満月を裂く

巻き貝の螺旋の尖(さき)のその先を辿れずふたりの夏を逝かしむ

加藤孝男著『曼荼羅華の雨』抄

書肆侃侃房、2017年9月

 

      銀河詩片

      *

この澄んだ地球の外にあるといふ耳のごとくに開いた宇宙

      *

ハナミズキ巻けるしら花ひとひらのその渦のなか銀河はひかる

      *

たましひは転調をなしすべりゆく銀河に満ちる時間のなかを

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ハップルズ望遠鏡の映し出す蒼きうなじのごとき星々

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群青の水の球体浮かびゐてその網膜にひとら諍(いさか)ふ

      *

倒木の根もとに生ふるひかり苔そこより宇宙は縦横無尽

      *

その昔月に刺さりし宇宙船墓標となりて今宵満月

      *

植物の胚珠のうちの空(くう)にして紺にひろがる宇宙を映す

      *

銀河より晩夏の雨は地にそそぐ夏の愁ひを浄めるごとく

      *

アンドロメダ大星雲との衝突も四十億年の後にして夢

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「読売新聞」2017年9月24日

歌集「曼荼羅華の雨」の批評は、東郷雄二氏(京都大学名誉教授)が、短歌批評サイト「橄欖追放」で、丁寧に論じて下さっています。そのサイトは、以下です。

http://petalismos.net/tag/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%AD%9D%E7%94%B7

「週刊新潮」、俵万智さんの連載です。

カラシニコフの雨(執筆者:久納美輝)

明け方の永代橋からの風景。隅田川のほとりにタワーマンションが建ち並ぶ

気前よく一万円(いちまん)出だし去つてゆく歌人(うたびと)のみを先輩(ぱひせん)と呼ぶ

遠くある豊洲の光まぶしかり永代橋に風そよぐかな

秋の夜にしんしんと染む頭皮より背骨にかけてすべりゆく魚(いを)

鋭き風を防がむとして黒眼鏡掛く茅場町の番長ありき

門前仲町の姐に会はまし馬の尾をふんふんと振る田口綾子に

両腕の柔毛逆立つかまいたち通りすがりに剃つてくれぬか

苦しくも喉(のみど)にせまり来るものをカラシニコフの雨とおもへり

盛り塩に小指をつけて舐めむとす女を支えこを如何せむ

(まひる野2019年2月号を修正したものです)