連載エッセー

政党政治の現在地(執筆者:川岸直貴)

 新型コロナという未曾有の事態にあっても、民主主義の根幹を成す「選挙」は非常に重要である。

 先月には名古屋市長選挙や衆参補選があったが、今年は衆議院選挙が実施される年だ。数ある選挙のなかでも、衆議院選挙は国家のもっとも重要な権力を持つ代議士を決める選挙であり、とりわけ重要である。

 今回は日本の政治について、衆議院選挙を迎える前に「政党政治」という観点から文章を書いておきたいと思った。私もすでに齢三十に差し掛かり、すっかり社会に対して責任を負う身である。また文化芸術の末端に関わる者としても、近年はよりいっそう社会情勢や政治の動向には注意を払っていないといけない、と感じている。

続きを読む

#63 中島らも略年譜 1(執筆者:久納美輝)

1952年(昭和27年):4月3日 中島らも生誕

1957年(昭和34年)7歳:尼崎市立七松小学校入学。

1962年(昭和37年)10歳:神戸市市立本山第一小学校に転校。

1965年(昭和40年)13歳:灘中学校に学年で8位の成績で入学

1965年(昭和40年)14歳: はじめてギターを手にする。Yとバンド「ごねさらせ」を結成。ガロへのマンガ投稿を始める。

1968年(昭和43年)16歳:灘高校入学。

1969年(昭和44年)17歳:酒を飲み始め、おちこぼれに。

1970年(昭和45年)18歳:長谷部美代子と出会う。

# 62 創作欲が高まるとき(執筆者:久納美輝)

作家デビューするにはどうしたらいいか。この手の動画にはどうしても手が伸びてしまう。動画では、マズローの五段階欲求の図解を用いて、まず、創作する前に生理的欲求(お金)、安全の欲求(自分の所属するコミュニティ、創作仲間)、社会的欲求(職場での地位)などを満たしていいと解説している。この解説には深く納得した。自分自身、生活が苦しい、仕事がうまく行っていないときなどは、創作に没頭できない。

しかし、前言を撤回するようだが、生活がうまく行かないときは、創作のモチベーションが高まりやすいとも感じている。これに関しては自分に苦い思い出がある。かつて東京で一人暮らしをしていたころ、友達も少なく、仕事も残業が多く、はじめての一人暮らしで散財してしまいお金もないという三重苦だった。詳細に関してはまた別の機会に書くとして、そんな暮らしを支えていたのは創作である。もちろん、書いたものでお金を稼ぐことはできなかったが、創作することで気分を紛らわせていた。

ただ、創作していて楽しいといった感じではない。なんというか、常に心に薪がくべられているような異常な焦りなのだ。「書いてまわりに認められなければ、仕事もできず、友人もいない私が生きている意味がない」といった考えが常に頭に張り付いている状態である。

東京では同人誌を二冊出した。しかし、いずれの同人誌も制作過程で友人と仲違いしている。これは私のもともとの気質でもあるのだが、心に余裕がないときは「負けず嫌い」になる。人からの意見が聞けなくなり、他人に対して、異常に厳しくなる。

本を出すときにまず意識しなければいけないのは、自分の都合は一旦おいて、各々の書き手が気持ちよく書けるような環境を整備することが大事だ。しかし、承認欲求が高まっている状態だとやる気が空回りし、失敗する。頼まれてもいないのに、他人の作品を丹念にチェックし始めたり、しきりに相手の作業を確認したりする。それなのに自分の作品は書けない。といったことが続く。この作品が良くなければ生きている意味がないという心境で書くのだから当然だ。結果、自分はできていないのに他人には厳しいので人が離れていく。

その後、その失敗を取り返そうと、また、大きなことをしようとして失敗する。そうした負のスパイラルが二年ほど続いた。現在、名古屋の実家に住んでいるのだが、最近、創作に対して、前向きなモチベーションが高くなっているように感じる。

その要因が古い友人が草野球チームに誘ってくれたこと。野球をやっていたのは高校生までだったから実に九年ぶりの野球だったが、意外と体が動いた。外野を守っているのだが、ファーストのカバーに動いただけでチームメイトが褒めてくれたり、それだけで欲求が満たされてくる。

あとは、実家で暮らしていることで、飲みにお金が割けるようになったのも、大きい。最近は自粛でなかなかバーに行けていないが、ゲームバーで友人とボードゲームをして、たまに店員に愚痴を聞いてもらえるのもいい。

身も蓋もないことを言ってしまえば、創作を続けているのも、なにかはじめから大きなテーマがあったわけではなく、大学のサークルでちょっとした小文を他人に読んでもらってほんのちょっと褒められたときの、あのスルメの味を何回もしがんでいるのに過ぎない。

それまでの人生で他人に褒められたことがほとんどなかったから。読書量ぐらいしか他人に誇れるものがなかったから。

同人誌の製作時の喧嘩で「あなたは受けとめてもらいたいだけでしょう」と言われたことを思い出すが、今考えると反論もできない。少し生活の質を高めたときにどんな文章が書けるのか。仕事を頑張ってみようと思った次第である。

#61 都市詠のためのメモ(執筆者:久納美輝)

現代の日本において、ほとんどの人が都市で生まれ、そこで生活する。

独立行政法人福祉医療機構が運営するHP、WAM NETでは日本の地域を大都市、地方都市、過疎地域の3つに区分している。

それぞれ、「人口が100万人以上」または「人口密度が2,000人/km²」の地域を大都市、「人口が20万人以上」または「人口10~20万人 かつ 人口密度200人/km²以上」の条件を満たす二次医療圏を地方都市、その他を過疎地域と定義している。

WAMによると、過疎地域に住むのは全人口の九%ということだ。つまり、日本に住む人のほぼ九割がたは大都市、または地方都市に住んでいる。

https://www.wam.go.jp/content/wamnet/pcpub/top/fukushiiryokeiei/houjin/houjin001.html

日本語の押韻研究のための序文(執筆者:川岸直貴)

 私は長いあいだ、日本語の押韻に関する研究を続けている。

 ただ研究といっても、どこかの大学機関などには属しておらず、完全な市井での研究だ。日本語の押韻の研究は、私が知るかぎりだと、1991~9年頃の木村哲也氏(北海道教育大学)によるものが、まとまったかたちで存在している。しかし、その後はぽつぽつと数年に1つあるかないか程度の論文しか出ておらず、文学・アカデミックの領域で押韻に関する研究というのは非常に乏しい。

 HIPHOPの文化が日本に到来し、日本語による押韻技法が確立したのは、1996~7年頃である。そのため、木村哲也氏の研究は、日本語ラップの存在を念頭には置いていない。ゆえに、日本語による押韻技法の確立以後に、文学・アカデミックの領域では、押韻の研究はなされていないのだ。

続きを読む

# 60 種村季弘傑作撰Ⅱ 自在郷への退行 感想1(執筆者:久納美輝)

今日『種村季弘傑作撰Ⅱ 自在郷への退行』を読み終わった。なるべく読み終わってすぐに感想をまとめようとおもったのだが、一度、睡眠を挟まなければ、頭に内容が整理されないようだ。

さて、この本は種村季弘の愛弟子である小説家の諏訪哲史が編集した評論集である。その内容は、人造人間の造り方から、谷崎論、モナリザの盗難事件など実に多岐に渡る。そのすべてを小文でまとめることは浅学の私には到底無理なので、気になったところを思いだしつつ、並べていこうとおもう。

論考のなかのひとつ「覗く人 都会詩人の宿命」は、都会詩人がどのように都市を見ていたかを論じている。

そもそも遊民にとって、彼が住みなれた都会は、ブルジョアジーにとってのように生産手段としての実体をいささか持たず、スクリーンに映った幻燈の映像、針穴を通して暗箱に封じ込められた多彩な外界、書割だらけのパノラマ、人工照明のなかに浮き上る蝋人形のような「幻像」となる。言い換えれば、彼のガラスの眼は、都会全体をすっかり、夥しいオブジェの犇(ひし)めくコレクションに変えてしまうのだ。

 街という暗箱のなかにはそれを「覗く人」が出現する。覗く人は、遊民であったり、不具者であったりして、社会と直接関わることができない。しかし、彼らは社会と関わらないことによって、街を有用性のないおもちゃとして、自分の眼のなかに所有するのだ。

 社会から疎外されているはずの遊民が、一方で、都市全体をおもちゃとして所有するという、ヒエラルキーの転倒が面白く、また、私は名古屋に住んでいるのだが、例えばテレビ塔から私たちをじっと見る視線があるとしたら、それはちょっと不気味である。

 くわえていうなら、普段自分が住んでいる立体的な都市が、実在感を失い、マンガのイラスト、映画のワンシーンのような二次元の世界に思えてくるところにもちょっとした面白さ、不気味さを思えた。

#58 現代詩作家になって思ったこと(執筆者:久納美輝)

かつての僕は、作家になるためには、小説を書いて芥川賞を獲らねばならないと強くおもっていた。しかし、四年間の大学生活(文章表現を学ぶ大学に通っていた)、五年間の社会人経験を通して感じたのは、賞なんてどうでもいいこと。また、文学には、小説の他にも、詩、短歌、評論、エッセイとさまざまな形態があり、小説に固執することはないということだった。

なぜ、かつての僕は芥川賞に固執していたのか。それは権力への渇望である。小中高とさえない生活を送っていた僕は「まわりの子よりも本をたくさん読んでいる」ことだけが取り柄であった。純粋に本が好きだったこともあるけれど、そこには「他人よりかしこくなって理屈でいいくるめてやりたい」「いつか有名人になって他の人を見返してやりたい」そんなハングリー精神があったことも間違いない。

しかし、大学に入って自分がさほど読書家ではないこと、それほど大した小説が書ける人間ではないことに気がついてしまった。と、言うのも自分がなにが書きたいかじっくり考える時間を取らず、ただ、他人からの評価や目線が気になっていた。自分のどこが文学的なのか?そればかり考えて、どんどん視野が狭くなり、次第に息苦しくなった。そういうときには、他人の批判やあら探しばかりに熱心になり、文よりも口の方が達者なる。そんな僕を見て、どんどん友人も離れて行った。

僕を助けてくれたのは、詩や短歌である。小説と比べて短く書きやすいし、なにより遊び感覚で書けた。先日、『アイスバーン』という詩集を出したが、そのほとんどが大学の詩の授業で書いたものだ。詩や短歌で有名になることははなから興味がなかったから、大学の先輩ひとりと、詩の講義の先生が面白いと言ってくれればそれでよかった。世のなかの五人ぐらいに読んでもらえれば満足で、書いた詩はながらく実家の本棚に眠っていた。世に出すつもりはなかった。

しかし、大学の先生からのお誘いもあり、詩集にしてみることにした。大学という閉じられた世界で書いたものを外部の他者がどう読まれるのか気になったからである。と、建前をいいつつもホンネは早く童貞を捨てたいみたいに、早く本を出さなきゃと焦っていたのだとおもう。

経歴も受賞歴もほとんどない自分の作品を誰が読んでくれるのだろうとはなただ疑問だったが、とりあえず、90人ほどの詩人・歌人・評論家に謹呈し、フラれた片思いの人に送ってみたり、飲み屋で詩集を出したことを吹聴したりしたりした。まあ、そういうことを一通りやったのである。

何人か謹呈した人から感想をいただいたり、知人から面白いねと感想をいただいた。意外だったのは、詩を書く人以外でも、詩を面白いとおもって買ってくれる人がいることだ。もちろん、僕の知り合いだったからというのもかなりあるとおもうのだけれど。でも、嬉しかった。

小説だけにこだわっていたら、このような体験はできなかったかもしれない。詩や短歌はマイナーで賞を獲ったりしても有名になれない。でも、今はそんなことどうでもよく、少数でも自分の作品を読んでくれる人を満足させられる作品を書きたい。その一心である。

名古屋の富士山(執筆者:川岸直貴)

 先日、『名古屋の富士山すべり台』という非常に面白い本の存在を知った。

 何でも、公園にある「富士山型の滑り台遊具」は、名古屋圏特有の遊具だと言うのだ!

 わたしの地元の守山区でも、この「富士山型の滑り台遊具」があり、中学生の頃はよく登ったものである。地元の「永森公園」の「富士山型の滑り台遊具」は、クリームいろに塗装されていて、とても滑らかな触り心地だ。頂上に近づくほど勾配が急になっていて、思いきり勢いをつけないと、手を使わずには登り切れきない。

 賢明な読者諸氏においてはお分かりかと思うが、学生にとって手を使って登ることは恥ずかしいことなのだ! 勢いをつけて何度も脚力だけで登ったものである。頂上に寝転がり、夜空の星を眺めたこともあった。(最近は運動をする機会もめっきり少なくなったので、登りきれるかはなはだ不安だが……)

 「富士山型の滑り台遊具」が名古屋圏特有の遊具だとはつゆ知らず生きてきた。東京にも山のかたちをした遊具はあるが、名古屋のように優美な曲線を描いておらず、直線的なデザインになっている。

名古屋式
東京式

本の存在を知って非常に膝を打ったような気持ちになり、思わず口角が上がってしまった。

 本を読むと、この「富士山型の滑り台遊具」、正式名称は「プレイマウント」と呼ぶらしい。

 プレイマウントは、名古屋市内に93基、名古屋市外の尾張地方に26基、三河地方に2基、岐阜県に1基、三重県に3基、石川県に1基あるという。ほとんどが尾張名古屋に存在するようだ。

 最も古くつくられたのが、吹上公園にあるプレイマウントで1966年。最新のものは、中川区榎津公園の2019年、なんと令和時代に入ってからも制作されており、名古屋の公園の遊具として根付いていることが分かる。

 身近なところにある、知らなかったことが、日常のありふれた光景を新鮮にする。立ち寄った公園で「富士山型の滑り台遊具」を見かけたら、積極的に登ってみようと思った。

#57 静かなるとき(執筆者:久納美輝)

ひさびさにブログを書く。

最近は仕事を二〇時には終えて、一時間ほどなにもしない時間を持つようにしている。ゆっくりと風呂につかり、黙々と飯を食う。伸びたひげをそり、歯を磨く。当たり前のことだが、ストレスが溜まっているとなかなかできないことである。

「ひげの伸び目は女の切れ目」と営業の人に笑われたが、忙しいと、ひげぼうぼうで出社してしまうと、人がよりつかなくなってしまう。そういう日が何日か続くと、もう他人のことなどどうでもよくなってしまい、より一層孤独を深めることとなる。やはり、人間に生まれた以上、清潔感を保つのは最低限の礼儀であり、人に気をつかえなくなるのはいけないことだ。

湯船に正座し、風呂の蓋に、本を読む。昔は、とにかくまわりの友達に負けないように、見栄をはるために本を読んでいた。とにかく人に勝たなければと焦っていた。内容なんて頭に入ってこなかった。読書が嫌いにもなっていた。

しかし、最近、詩集を出したが、一度、本を作ると、童貞を喪失したあとのすっきりとした清涼感と、すこしばかりの後悔を感じる。なにも焦って出さなくてもよかったなとか、もう少し悩めばよかったとか。いろいろ。

とりあえず、気持ちは急くがゆっくり本を読むようにする。なにかの目的のための読書ではなく、ただ楽しむ。それがいいとおもう。

ユーチューバーとなる(執筆者:加藤孝男)

皆さんお久しぶりです。加藤です。

この表文研のホームページに何かを書くのも久しぶりのことで、アップの仕方も忘れてしまいました。

昨年一年は流行病のために巣ごもりすることが多くなりました。

大学での講義なども遠隔授業が多くなって、ほとんどうつの状態の巷にでることもなく、ひたすら授業の配信をつづけました。

でも昨年には、2冊の本を出しました。いささか宣伝めきますが、以下の紹介します。

一冊目は『与謝野晶子をつくった男 ー明治和歌革新運動史』(本阿弥書店)という本です。与謝野鉄幹が、晶子と出会い、「明星」を創刊するまでを描いています。

http://www.honamisyoten.com/bookpages/SI202014450.html

もう一冊は、『歌人 中城ふみ子 その生涯と作品』(クロスカルチャー出版)です。『乳房喪失』の歌人、ふみ子の生涯と、作品評をあわせた本です。田村ふみ乃さんとの共著です。

また YouTuber としてデビューすることになりました。

そのことを今日はお伝えしようとしてこの記事を書いています。

 昨年は、講義が遠隔授業であったために、どのように講義しようととあれこれと考えたところ、講義をYouTubeで配信してしまおうと思ったのです。むろん限定公開です。

このことから、田村ふみ乃さんとの共同制作で、「20世紀の百人一首」と題して、20世紀の歌人から2、3作品を選び、解説を配信しています。ご覧下さい。

寺山修司を取り上げた回(前編は上段)を以下に記します。

後編は

また、朝日カルチャーセンターで「寺山修司とは何者か」(講師:加藤孝男)という講座を開催します。下記の要領です。

https://www.asahiculture.jp/course/nagoya/82320f36-443c-3dcc-0f4c-601123d23be9

#56 朝早くに目が覚める(執筆者:久納美輝)

社会人生活を続けているけれど、いまいちまだ生活リズムがつかめない。昨日、12時には寝ていたのに、5時に起きてしまう。

ボルヘスと種村季弘をすこし読みすすめる。いらいらして家族にどなってしまった。もう少し優しくなりたい。

#55 まひる野オンライン歌会 名古屋 2(執筆者:久納美輝)

僕がまひる野に入会してまもないころ、その場にいた60代の先輩から、「久納くんは批評がしっかりできるから、すぐに歌が上達するよ」と言われたことがある。その後、いろんな場所で歌会をして批評をほめられることがあったが、その実、自分は批評に苦手意識を持っている。

なんというか、欠点を探してしまうのだ。また、自分が物を知らないとおもわれないように、理屈で封じ込めようとしてしまう。自分はわかっているからアドバイスをするというスタンスをとりがちなのが、自分のよくないところである。もっと、その歌を眺めて率直に感じたことを話さないといけない。

ピーナッツバターサンドをやめた日に友の不倫を知る食べときゃよかった(立花開)

この歌を僕は、ベースに「自分は我慢している」というネガティブな感情があって、「不倫をした」友に、嫉妬している歌だとおもった。そう語りつつも、頭の中では「そう思っているのは、自分がそういう人間だからだろ」と悪い声が聞こえながら、途中で発言を止めることができなかった。

その後、「ピーナッツバターサンド」を食べることは背徳感を感じる行為だから、自分も不倫のような背徳感を感じたかったのではないか、という意見が出た。そうか、と、がってんした。自分は理屈に頼りすぎている。もっと軽いノリで、歌を鑑賞できたらなとおもった。

その意見を出したのは最近入会した人で、まだまだ素直な感性を持っている。自分も持っているはずだ。変な理屈やコンプレックスで、その目を曇らせてたまるか。

#54 まひる野オンライン歌会 名古屋 1(執筆者:久納美輝)

今日はひさびさに名古屋歌会が行われた。コロナウイルス感染症対策のため、会議はZOOMで行われたが、ひさびさにまひる野の会員の顔を画面越しに見ると嬉しくもあった。今日の歌会で、気になった歌をいくつかあげてゆく。

びっしりと蟻が熟柿に群がれり蜜こそちから蜜こそいのち

「蜜」という言葉が今や一般化されたが、10年後の人には意味が通らないのではないのかという意見が出た。時事詠にはそのとき使われている言葉を記録する役割がある。

自分としては、この歌に欲望の肯定を見た。この時期に「蜜こそちから」というのは勇気があるとおもう。また「熟柿に群がる蟻」はちょっと気持ち悪いが、そうした気持ち悪さにこそ、生命力がやどるとおもう。

明日も歌会の報告の続きをやろうとおもう。

#52 ひさびさにDと会う(執筆者:久納美輝)

今日は久々にDに会った。Dはゲームバーの定員で、友達がいない私の相手をいつもしてくれる。今日は20時に行った。そういえば緊急事態宣言中だった。行ったはなから店はしまってしまった。

「あつみさん(僕のあだな)はポケモンしないの?」

と言われて、返答に困ってしまった。僕は本を読むことだけが趣味で、ゲームをすることはどちらかというと、「人生の無駄」と思っているところがある。しかし、ゲームバーに通いつつけている僕もいるのだ。

「でも、いまからポケモンはじめても負けちゃうよ」

「1万回負けて、1万1回勝つために頑張るのがゲームだよ」

1万回負けて、ねぇ。僕は極端な負けず嫌いで、というか、負けを認めたくない人間である。だから、作品もあまり書かないし、スポーツとかもやらない。結構逃げているのだ。

「はじめは負けるさ。でも、負けるたびに1回学んでいくんだよ」

そんなふうにDは言った。やっぱりDは大人だなぁとおもう。僕と同学年(27歳)だけど、すごく成熟してみえる。僕もポケモンやってみようかなぁ。というか、いっぱい小説書かなきゃ。