2019年 11月 の投稿一覧

中城ふみ子 短歌解説その76(執筆者:田村ふみ乃)

無き筈の乳房いたむとかなしめる夜々もあやめはふくらみやまず 

1954年9月「短歌研究」 

癌に侵され、両方の乳房を切除したにもかかわらず、乳房があった時と変わらない、いたみを覚える。誰かを愛する切なさに「いたむ」のだ。作者の性の熱量は、あやめの生命力となって豊麗な胸をよみがえらせる。

作者は死を前にしても、その苦悶(くもん)の顏を歌に露骨にさらすことはぜず、夜々(よよ)とあやめの妖しげな色をもって、女の性を印象づけるかのようだ。

こんな手紙が残されている。ふみ子が亡くなる9日前まで、彼女の病室で約20日間過ごした若月彰が、帰京する車中で彼女に宛てたこの歌の改作案である。手紙が書かれた日時は、7月25日の夜8時30分となっており、「中城さん。今朝の話の続き」から始まっている。

手紙で若月が「何故甘いのか、考えてみました」と、いくつか指摘していることから、 おそらくふみ子は、若月が東京へ帰る日の朝、掲出歌をどこか甘い気がするなどと言って、彼にみせたのだろう。

例えば、2句目の「『と』」は説明過剰の気味があ」るや、「『かなしめる』に甘い原因があるのじゃないか」「観念的にしないで何んとか具体的な現実描写ができないものか」。そして「次のような訂正作は如何ですか」と、「無き筈の乳房痛みて 眼覚めたる」など提案している(柳原晶著『中城ふみ子論』)。

ふみ子が若月からの手紙を読んだかどうかはわからないが、結社誌「鴉族(あぞく)」の遺稿として、1954年9月に掲載されているのは、「無き筈の乳房いたむと覚めし夜ふるさとに亜麻の花咲き揃ふらし」。下の句も変わっているが、掲出歌のほうが詩的に洗練されているように思う。しかし、最後まで自らの技法をブラッシュアップしようとし続けた作者の姿が心をとらえる。

【告知】同人誌「くわしんふう」創刊(投稿者:久納美輝)

みなさんに告知があります。第二十九回文学フリマ東京(2019/11/24(日))のツ-9ブースで、「くわしんふう」という短歌同人誌を出します。内容は以下のとおりです。

◎作品十二首+エッセイ「自分の好きな歌とその思い出について」
佐巻理奈子
伊藤いずみ
田村ふみ乃
染野太朗
荒川梢
山田ゆき
浅井美也子
北山あさひ
立花開
久納美輝

◎作品十二首
田口綾子

◎歌集評
山川藍『いらっしゃい』歌集評 佐巻理奈子
田村ふみ乃『ティーバッグの雨』歌集評 久納美輝
田口綾子『かざぐるま』歌集評 山川藍

編集発行:立花開、久納美輝

Q.花信風 (くわしんふう)とは?
花の咲くのを知らせる風、初春から初夏にかけて吹く風のことを意味します。「まひる野」の若手の魅力を伝える風のような存在になりたいと思っています。

「まひる野」にはまだまだたくさんの若手歌人がいます。「くわしんふう」がこれから長く続き、そして愛される同人誌であることを願っています。

中城ふみ子 短歌解説その75(執筆者:田村ふみ乃)

母を軸に子の駆けめぐる原の昼木の芽は近き林より匂ふ

1951年6月「新墾(にいはり)」

暖かい日差しのなかで、新芽の匂いを感じながら作者は敷き物の上にでも座っているのだろう。自分の周りを駆け回る子供たちを、目を細めて見ている光景が浮かんでくる。

一見、幸せな生活を送っている母と子に思えるが、この時ふみ子は夫と別居中で、幼い三人の子供を育てていた。母親として子供たちをどこへどう導いていけばいいのか、不安が消えることはなく、いくら考えても答えの出ない堂々巡り。そんな作者の心情が、自分を軸にぐるぐる駆けめぐる子供たちの様子に映し取られているように思う。

掲出歌は、第2歌碑として1983年8月3日に、帯広を代表する広大な敷地をもつ緑ヶ丘公園に建てられた。碑は春楡(はるにれ)や水楢(みずなら)、柏(かしわ)の原生林の丘にあり、リスが群れていることもあるという。

毎年ふみ子の命日に、第1歌碑(帯広護国神社境内)と第2歌碑の前で交互に「ふみ子忌・献歌祭」が、「中城ふみ子会」の会員の尽力で行われてきた。午前10時50分、ふみ子が亡くなった時刻に黙祷が捧げられて始まり、参加者が短冊にしたためた自作の歌を詠み、ふみ子を偲ぶ。

2016年8月3日、「第62回ふみ子忌・第36回献歌祭」に参列した。その日は、30度を超える暑さにもかかわらず、二十数名が集まった。黙祷の間、鳥のさえずりが響きわたり、林の匂いを濃く感じた。そして冒頭の歌がゆっくりと読みあげられてゆく。

不世出(ふせいしゅつ)の歌人に魅せられた人々の熱き思いは、今後も決して薄れることはないに違いない。