2020年 5月 の投稿一覧

テレワークで感じたこと②:セキュアなVDIを利用したテレワーク(川岸 直貴)

 久納にあやかって、テレワークについて文章を書いてみる。GWももう終わりだ。

 私は詩を書く人間であるが、同時にITエンジニアとしての顔も持つ。そして奇遇にも私はテレワーク環境を構築できる人間であった。

 目まぐるしい世界変転の中で、三月から四月にかけて、就業先会社でテレワーク環境を構築した。利用者1000人規模の環境だ。私の仕事の成果ひとつで、就業先会社のテレワーク環境の品質、多くのひとの感染リスクの軽減、業務生産性の維持はかかっていた。結果的には、非常に良い環境を構築できた。

 ここでは、私がどのような仕組みのテレワーク環境を構築したかを簡単に記そうと思う。

 まず、テレワークの仕方にも色々ある。単純にPCを自宅に持ち帰って仕事をするケースもあるだろうが、セキュアな仕事を求められる現場やケースでは、そうもいかない。持ち帰ったPCを紛失したら、PCがウィルスに罹患して業務情報が漏洩したら、そのリスクは計り知れない。

 そのため、テレワークをするのであれば、バーチャルデスクトップインフラストラクチャー(VDI)という仕組みを利用することが推奨される。

 VDIとは、簡単にいえば仮想のパソコンのことだ。ネットワークにアクセスして使えるパソコンだと思ってもらえればいい。手元にある物理パソコンにはデータは何一つ入っていなくても、ネットワークさえあれば、この仮想のパソコン(VDI)にアクセスして仕事をすることができる。

 手元の物理パソコンにはデータを保存する必要がないので、紛失してもセキュリティリスクはない。利用者は特別なセキュリティ権限を持つデータが空っぽのパソコン(iPhoneでもいい)を自宅に持ち帰り、ただ接続先のアドレス情報と、自分のアカウントIDとパスワードさえ覚えていればいいのだ。

  VDIにさえ接続できれば、利用者は自宅から会社内の情報にアクセスできる。会社内のサーバからファイルを取得もできるし、社内メールも利用可能だ。

 このように、セキュリティリスクを回避しつつ、テレワークをするのには、VDIという仕組みは非常に役立つ。

 VDIがよりポピュラーな技術・手段として日本に広く定着をすれば、現在の大変な社会情勢をより多様なかたちで切り抜けることができるだろう。

 残念ながら、現場仕事の多い職業に勤める方々には効果が及ばないものの(頭が上がらない)、パソコンを利用するような就業者にとっては、通勤のリスクや時間と費用のコストが解消され、自宅や様々な場所から仕事ができるようになり、今まで以上に素晴らしい仕事の成果が出せるようになるだろう。

 より余裕のある仕事環境の整備は、より豊かな生活を育む。それは創作者や文学研究者にとっても大変有意義な効果・影響があるはずである。

 惨禍を退け、遊びのできた時間を使い、庭の花に水をやり、詩や論文をひとつでも多く読める社会を目指していきたい。

小説のカルマ(執筆者:久納美輝)

ここ最近、小説を書くことばかり考えている。特に煙草を吸っているときやYouTubeを見ているときによく頭にうかぶ。小説を書くのが自分にとって現実逃避だからだ。いまの自分がダメだから、すごい小説を書いてみんなをギャフンと言わせたい。そんな気持ちをもう小学校の頃からずーっと引きずっている。

小学生のときは江戸川乱歩の少年探偵団シリーズをずっと読んでいて、推理作家になりたいと思っていた。もう江戸川乱歩がどんな作家かすっかり忘れてしまっているのだが、『人間豹』だけ生々しく覚えている。明智夫人の文代さんが人間豹に八つ裂きにされるシーンがショッキングで、あとで八つ裂きにされたのがマネキンだったと知って、ほっと胸をなでおろしたものだ。

小学生の頃は、自分はトリックが書けないとすぐに諦めた。というより、学校の文集の将来の夢かなにかに書いて笑われて止めた気がする。

中学生の頃は、山田悠介にハマる。よく文章がヘタだと言われるけれど、文章のうまいへたなんてそのときはよくわからなくて、似たようなホラーを夏の自由研究で書いた。そのときに小説なんか書いている人がクラスで数えるほどしかいなかったので、ちょっとみんなに褒められた。その成功体験を引きずって好きな女の子に卒業と同時に小説で告白したのだが、無論失敗。よくもまあそんなことをしたものだ。

高校生の頃はひたすら中島らもの本を読んでいた。あの頃は自分も大学にいったら、睡眠薬やブロンをあおってみんなでラリるぞと息巻いていた。いまはほとんど忘れてしまったが、薬について詳しく調べており、保健体育の麻薬の授業でその知識を遺憾なく発揮。昔コーラにコカインが入っていたという先生の話を遮ってコカの葉を乾燥させたものが入っていたとうんちくを垂れ、みんなから白い目で見られた。その情報が正しかったかどうかさえもう忘れてしまった。

いま考えるとぞっとする。今の自分、薬なんてうつ病ですと言えばかんたんに手に入るのだ。なにも憧れるようなものでもない。しかも中島らもは、自分が依存症に苦しんでいるクセして、竹中直人が悩んでいるときにブロンの一気飲みを勧めたなんてエピソートを聞くと、最低だなとおもってしまう。でも、あの人は頭がいいので身内だけのジョークだったのかもしれない。

高校のときは薬を飲むと他人をコントロールできる少女の話を書いて、友達に読ませていたっけ。それから大学で小説を学ぶことになる。大学時代は文学者ぶりさんざん人をけなしてきたので詳しいことは書けない。過去の失敗として笑うにはまだ時間が経過していないのである。いまでも罪悪感で胸が痛くなる。

大学のときに一番書いてきたのは小説だったけれども、いまやっているのは短歌だ。短歌は好きで、これからも続けていこうとおもっているけれど、ふと本当にやりたいことはなにかなとおもってしまう。

結局、小説はあまりにも人に厳しいことを言い過ぎて、不完全な文章を書いている自分が許せなかったのである。で、いまは短歌をやっているのだけれども、昔を知る人からは小説から逃げているんじゃないかと言われる。そう言えば一度も賞に出したこともない。ここまでなんとか逃げてもやっていけたんだ。現実逃避はしてもいいけれども、小説を書くことから逃げてはダメだろうな。