2021年 5月 の投稿一覧

英語と日本語の多音節押韻について(執筆者:川岸直貴)

 日本の詩歌文学の世界では、『多音節押韻』の存在はあまり知られていない。

 しかし、英語と日本語のHIPHOPにおいて、『多音節押韻』というものは非常によく見られる。

It’s on, so you can swerve when it’s heard in clubs
Thought patterns displayed on Persian rugs

Rakim『Guess Who’s Back』(1997年)より

 上記のリリックでは、「heard in clubs [hˈɚːd.in.klʌbz]」と「Persian rugs [pˈɚː.ʒən.rʌgz]」で、多音節にまたがって押韻がされている。([]内の「.」は音節の区切りを示す)

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西脇順三郎と塚本邦雄  ー覆された文化状況からー (執筆者:加藤孝男)

  第二芸術論の発端は、桑原武夫が雑誌「世界」(昭和21・11)に発表した「第二芸術 ー現代俳句についてー」である。タイトルが示すように、この論は現代俳句について書かれたものであった。

  しかし、このあと、桑原は「短歌の運命」(「八雲」、昭和22・1)という文章で短歌についても言及したのである。このふたつの論が世間に与えた衝撃によって、この時期に書かれた短歌・俳句の否定論を、第二芸術論と呼ぶようになる。

  論に言及したものは、数限りないが、三枝昂之が『昭和短歌の精神史』(角川ソフィア文庫)のなかで、「第二芸術論―占領期の文化」という項目をたて、詳しく論じている。

 三枝によれば、占領期においては、文化そのものが荒廃した状況にあり、そのなかでの論はきわめて粗いものであると述べている。これに付け足すことはなにもないように思えるが、ここでは、別の観点から、この桑原の論について論じてみたい。

 私もこれまで「第二芸術論と短歌雑誌八雲」(『近代短歌史の研究』所収)という論文を書いたことがあるが、今回は、異なった観点からこの論にアプローチしてみたい。

  三枝もいうように、桑原が「第二芸術」を書いた時代は、敗戦直後の特殊な状況においてであった。それは桑原自身が『現代日本文化の反省』のなかで、銀座の西洋料理店の風景として描きだしている。

 東北大学の教官であった桑原は、久々に上京して、銀座のレストランで食事をした。その時、作者は、五十円のミートボールに舌鼓を打ち、隣の席で談笑する若い女性をみている。それは夜の女とおぼしき未成年の女性たちであったという。こうした風景を奇妙なものとして眺めながら、窓からはアメリカ兵が捨てたタバコを拾っていく男がみえる。その男は身なりもちゃんとしていたと書く。

 なにかチャップリンの映画でもみているような光景であるが、桑原が「第二芸術」を書いたのは、こうした時代であった。仏文学を専門としていた桑原は、スタンダールやアランの研究者で、短歌・俳句についてはさほど知識があったとはいえなかった。

 論文の内容は、改めて紹介するまでもないであろう。俳人十五名の作品を無記名で並べ、作者をあてることができるだろうかと問いかけている。もし俳句が芸術なら作者と文体は緊密に結びついているので、当たるはずであると言った。

 こうした手法を外山滋比古はイギリスのI・A・リチャーズの『実践批評』(一九二九)を模倣したものであると述べている。しかし、日本にもこうしたやり方で、過去に論陣を張った文学者がいた。正岡子規である。

 子規は高名な「歌詠みに与ふる書」のなかで明治の歌人たちの拠って立つ世界を一刀両断にして、古今集はくだらぬ集であると言った。桑原の場合も、この論法で、芭蕉の境地を後生大事に守っている俳人たちの作品を第二芸術と言ったのである。

 ところが、今回「第二芸術」を読みかえしてみると、桑原が否定したのは厳密に言えば「俳句」ではないことが分かった。「私は現代俳句を第二芸術と呼んで他と区別するがよいと思う」と述べており、「現代俳句」とはっきり書いている。

 桑原の立場は、芭蕉の境地を脈々と受け継ぐ俳人たちを叱咤し、鼓舞したのである。短歌でも、石川啄木の『一握の砂』や斎藤茂吉の『赤光』を認めているところをみると、一時的に沈滞している俳壇・歌壇を、こうした方法で批判したのであった。その文章は、今読んでもスリリングで、刺激に満ちている。

  そして、私はこの論を読みながら、その与えた影響について考えている。無論、戦後の短歌作者がこうした第二芸術論の影響下からスタートしていることは、いまや常識となっている。そうであれば、殊更そのあたりの事情について考えてみたい。

 なんといっても戦後短歌を芸術的な域にまで高めのは、まぎれもなく塚本邦雄であった。塚本は、『水葬物語』『装飾楽句』『日本人霊歌』『緑色研究』『感幻楽』と矢継ぎ早に歌集を刊行し、世間を眩暈に包み込んだ。その背景について考えてみたい。

  桑原の批判にもどってみると、俳句の持っていた馴れ合い的な世界を断ち切るべきだという。それには西洋の近代芸術の精神を俳句に取り入れる必要があると提案している。だが、そうしたものを俳句が取り入れた途端に、この小さな植木鉢は壊れてしまうだろうとも述べている。

 桑原は、鹿鳴館の精神こそ復活すべきであるという極論をもっていたし、そうした猿まねからでなければ、日本の近代化は始まらないとも考えていた。こうした国風と西洋化への揺り返しは、いつの時代も起こっている。

  戦中から戦後を太田水穂系の雑誌「木槿」によって歌の道を歩み始めていた塚本邦雄が、前川佐美雄の「日本歌人」へも入会し、そこで杉原一司と出会う。

 杉原との出会いが、後の「メトード」という同人誌の創刊につながり、塚本に方法意識を目覚めさせることになったというのが戦後短歌史の通説である。塚本はその転換点を、昭和二三年と語っている(『初学歴然』)。

  じつはこの年に、塚本は一冊の詩集と出会っているのだ。それは広島の街を訪れたときのことであった。昭和一六年八月に、広島にあった広海軍工廠(ひろかいぐんこうしよう)に徴用されていた塚本は、戦後、その街を再訪したのである。

 この日は寒風吹きすさぶ港のあたりをうろうろしながら、市電の宇品の停留所近くの本屋に入った。そこで偶然にみつけたのが、西脇順三郎の『あむばるわりあ』(昭和二二年刊行)であった。巨大な二人の詩人の二つの魂が触れあったたぐいまれな瞬間といってもいいだろう。

 私は『詩人 西脇順三郎 その生涯と作品』(クロスカルチャー出版、太田昌孝と共著)を書いたとき、塚本の「さきの世のものがたりー西脇順三郎」を引用しながら、塚本が、広島で手に入れた『あむばるわりあ』のことを書いた。

 その後の塚本が、この詩集を肌身離さず秘蔵し続けたことや、この出会いによって、塚本は詩人にはならず、歌人になったことなどが記してある。

 この瀟洒なフランス装丁の本の冒頭には「毒季」として、次のような詩が置かれていた。

      天気

    (覆された宝石)のやうな朝

     何人か戸口にて誰かとささやく

     それは神の生誕の日

 三行書きのこの詩は、直喩のもたらすイメージが鮮烈だ。覆された宝石というところからキラキラした朝の光線がイメージされ、それが戸口で囁き交わす神の生誕と関連付けられている。まさに覆された廃墟の中から新たな神を生もうとしている日本の状況を、塚本はここに読み取ろうとしている。

  だが、塚本がさらに驚いたのはこのひらがな書きの『あんばるわりあ』の初版が、昭和八年に『Ambarvalia』として刊行されていたことである。

 むろん、戦後版『あむばるわりあ』は、大幅に改訂されていたが、この地中海的な明るさをもった詩集が、なにかの啓示の如く塚本の魂をふるわせたのである。それが塚本に、戦前のモダニズム短歌を再認識させる契機となったに違いない。

  塚本の短歌表現において顕著であるのは上句と下句の鮮やかな対照であった。こうした考え方も西脇順三郎の詩論の影響なのである。西脇は詩というものを人間の脳髄に描かれた絵画であると捉え、詩のなかで、遠いふたつのイメージが連結され、詩的映像をつくると考えていた。

 こうした考え方は、『あむばるわりあ』の「あとがき」にも、「遠きものを近くに置き、近きものを遠くに置く。結合してゐるものを分裂させ、分裂してゐるものを結合するのである」と記している。

 同じく戦後に出された『旅人かへらず』などの短詩の世界などとも呼応しながら、塚本ばかりか、岡井隆までもが、西脇の『あむばるわりあ』や『旅人かへらず』を戦後文学として享受している。

  一九二〇年代に西脇がみた見たヨーロッパの風景こそは、桑原武夫の指し示す西洋と重なるものであったのであろう。西脇の描き出す直喩や隠喩のからみあう詩の世界は、短歌における上句と下句とのイメージの接合となって、塚本の中に一つの方法として定着する。

 そうした方法意識は、杉原一司らの影響であると言われてきたが、その背景にはやはり西脇の詩論が重ねられている。それでなければ塚本が到達したシュル・レアリスム的な世界が説明できないのである。むろん、このシュル・レアリスムを「超現実主義」として、日本に最初に取り入れたのは、西脇であった。

 桑原の「第二芸術」、西脇の『あむばるわりあ』、それに杉原一司との出会いなどが、塚本作品を芸術的な高みにまで引き上げる素地をつくりあげたことは間違いない。

     医師は安楽死を語れども逆光の自転車屋の宙吊りの自転車

     コクトーが屍(し)にしろがねの髪そよぎ裂かれし鮭の肉にふる雪

 『緑色研究』に花ひらいた塚本邦雄の作品には、これまでシュル・レアリストたちが実験してきたデペイズマンやコラージュなどの手法が、みとごに定着しているのである。

 シャンソンに深く耽溺していた作者らしく、作品の音楽性にすぐれ、なかでも、一首目の句跨がりによる調べの複雑性は殊に有名である。「安楽死」や「語れども」「宙づり」などが、五七定型に跨がっているのである。そうした韻律の屈折によって、逆光のなかにみえる自転車の車輪が、臨死体験によってあらわれる光のトンネルにみえてくるのである。

 また、二首目は、「サ行音」によって、韻律を追い込みながら、コクトーの死と、鮭の割かれた肉に雪が降っている光景がイメージとして重ねられる。

 西脇順三郎がいうように、詩は、脳髄に描かれた絵画であってみれば、イメージの絵画性と、さらに韻律による音楽性が、一首で融合するわけである。それゆえに、桑原が言った短詩型文学は第二芸術どころか、芸術の粋をみごとに凝縮した、なにものかであるのである。

政党政治の現在地(執筆者:川岸直貴)

 新型コロナという未曾有の事態にあっても、民主主義の根幹を成す「選挙」は非常に重要である。

 先月には名古屋市長選挙や衆参補選があったが、今年は衆議院選挙が実施される年だ。数ある選挙のなかでも、衆議院選挙は国家のもっとも重要な権力を持つ代議士を決める選挙であり、とりわけ重要である。

 今回は日本の政治について、衆議院選挙を迎える前に「政党政治」という観点から文章を書いておきたいと思った。私もすでに齢三十に差し掛かり、すっかり社会に対して責任を負う身である。また文化芸術の末端に関わる者としても、近年はよりいっそう社会情勢や政治の動向には注意を払っていないといけない、と感じている。

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雪と光 [押韻詩](執筆者:川岸直貴)

 風に煽られ木の葉揺れ
 身の振るさきなきこの行方
 新雪の積る道の白
 流れる時の言葉・夢

 膨れる新芽の芯の先
 開いて閉じては胸をつく
 ひそか陽炎 詩の灯り
 ゆっくりこころをほだしつつ

 子供の声や記憶の跡
 手のひら残る冷たさも
 暑さもいつか消えるもの
 ようようメロディに乗せながら

 静かな水辺に遊んでる
 憧れのひとの背の広さ
 白鳥(はくちょう)の羽か温める
 心理のうちに秘める想い

押韻詩集『音源郷』(2017年) 収録作

#65 日記+テーマ「半獣神」の小説メモ(執筆者:久納美輝)

 今日は後輩の同人誌 デュメリルに寄稿する小説の案をひたすら考えてた。原稿のテーマは「半獣神」。 なんでそんなものテーマにするんだろう? 考えても考えてもわけはわからなかった。

 14時。母親の買い物に付き合っていて運転席でぼんやりスマホを眺めながら時間をつぶす。とりあえず、最近、 Netflix 版の呪怨を見ていたからなんとなくホラーにしようかなとか頭をひねる。

 でも、ホラーって言ってもどうやって書けばいいんだ。 てんで、おもいつかねぇ。とりあえずオリジナルビデオ編の呪怨を眺めていた。 俊雄を演じる男の子が大きく口を開いたところで動画を停止させたまる俺も大きな口を開けてあくびする。 どうも頭を使いすぎると集中力が落ちてくるようで俺も目を閉じた。

 15時、文章を書く気は一向に起こらないのに食欲は収まる気配がない。有松イオンで母親の買い物を待っている間、小腹をみたすことにした。今日は安く、腹をみたせるセットを発見。スガキヤのラーメン+そのたこ焼き屋のプレーンのセットだ。

 スガキヤのミニラーメン230円。たこ焼き屋のプレーンのたこ焼きが4個入りで確か300円ぐらい合わせて600円ぐらいで十分腹を満たせる。 やっぱりスガキヤのラーメンはとんこつのしょっぱいスープに胡椒を死ぬほど入れるのがうまい。たこ焼きはねぎ塩などの味付けがされていなくてもスープに浸し足せば味がつくからプレーンでも十分だ。

 17時コメダで小説を読み始める。半獣神っていうテーマでググったら夢枕獏『半獣神』が出てきたのでとりあえず読んでいる。これを読むと半獣神ってのはどうも下半身が獣になっていなくても、半分人間で半分幽霊みたいなものであれば十分行けそうだ。 狭いテーマに見えて意外と、表現できるものの可能性は広いのかもしれないそんなことをぼんやりと考えていた

 18時お題をくれた後輩に電話をかける。 後輩が言うにはデュメリル1号のお題が「吸血鬼」で、今回「半獣神」というのはちゃんと理由があるそうだ。

 どちらも19世紀末にさかんに扱われた題材らしい。19世紀は科学技術の発達により蓄音機やタイプライターが登場し、産業革命も起こっていた。それにより曖昧なものが淘汰された時代。その時代背景に合わせて合理主義や時代に逆行するようにロマン主義などが流行った 。幻想文学は人間性回復の役割を担っていたようだ。 

 その頃、イギリスでは吸血鬼が活躍するゴシック小説が登場する(1897年 ブラム・ストーカー『吸血鬼』)。同時代のフランスのロマン主義ではギリシャ神話に出てくる牧羊神がテーマとして扱われるようになった。 フランスでも合理化していくキリスト教の一神教に対立するように人間中心の文学としてロマン主義が台頭したらしい。 マラルメの「半獣神の午後」がその代表作である。

 つまり、吸血鬼、半獣神は幻想文学の源流と言えるテーマなのだ。

 また半獣神は人間かつ獣かつ神といった要素が重複している。つまり、なにを人間とするか、獣とするか、神とするかの定義が必要で、そのすべての要素を満たしているものが望ましいのだ。「なにを獣とするか」はヴィーガンの問題にも繋がりそうなどの話を聴く。自分は霊体であり人間の形をして猫の声で鳴く呪怨の俊雄や、デビルマンを思い浮かべた。

 そのあと1号の小説の批評をもらったりして会話する。電話していると「自分のいいところはどこかな?」「次の作品はどんなものを書いたらいいかな」とか自分で考えるべきことをついつい甘えから聞いてしまう。本当に良くないと思う。まあでもそういう弱みを話せる後輩がいるのも本当にありがたい。2時間ほどダベる。

 20時半。本屋に寄る。 『人生の質を上げる孤独を楽しむ力』という本を買った。他人の評価を常に気にしていると人生が楽しめないというような内容を見てちょっとへこむ。さっき後輩に自分の評価を聞いたばかりだったので自分はダメなんだなぁ落ち込んだ。

 ここで極端な考えが頭をもたげ、 結社の歌会に出ないようにしようとか、友達から連絡が来てもやんわり断り、読書だけに残りの人生を捧げようとかありえない妄想が頭をめぐる。でも、30までは本気で勉強して(人生で勉強した期間があまりにも少なすぎる)引きこもる生活も悪くないかもしれない。

 あとは西村賢太『小銭をあつめる』、『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』を買う。ホントは『苦役列車』を買うはずだったけど、隣に並んでいた本を間違って買ってしまったようだ。本当にそういうところは抜けている。

 でも『小銭をあつめる』も悪くない。初めから、女を殴るとか自分が不細工とかそういったことを端正な文章で書いていく感じは嫌いじゃない。いい人のふりをしてきれいな自分しか書かない自己中心的な人ばっかりだから。もちろん女を殴ることはよくないけどそういうタイプの小説家がいてもいいんじゃないか。

 結局、何を書くかってそれはまとまっていないけれども、今考えてるのは心霊スポットに訪れてみようかと思っている。そこに訪れた「私」の遺書という体裁だ。私小説×ホラーというのは結構勝負できそうな気がする。

#64 映画みたいに激しくて(執筆者:久納美輝)

コーヒーにソフトクリームかき混ぜて巻き戻したりエンドロールを

前席の座椅子に座して書き写すセリフを眩しき画面たよりに

キャンパスのA5ノートをめくりつつつと探しけり口説き文句を

締切は絶対(by 島田修三)くらき画面に浮かぶ

人生は映画みたいに激しくてふと札幌に逢引きにゆく

愛人は教えてくれる波に立ち昨日浜辺で夫(つま)としたこと

「よー、そこの若いの」なんて送り出す札幌の君は僕を名古屋に

溶け残るフルーツ青汁底にあるかたまりに期(ご)す結婚したい

ぐずぐずとシロノワールが溶けてゆく契りはなるべく地味な言葉で

不倫する汚らわしさをくどくどと説きしあなたが冬、夫となる

すれちがい [押韻詩](執筆者:川岸直貴)

 わたしたちは法律の海を泳ぐ魚さ
 立法府のやつらは憲法を変えるか
 変えないかの議論で何が得れるかを
 考えている。教えてくれ。残す宝が

 あと少ししかないんだ。子供は
 すでに百万人を切った。心は
 やつれ切った。かつては公園で
 皆遊んでいたが誰もいない。「ごめんね」

 街に出れば誰もが怯える感染症に
『経済を回さなくては』けど、あのね総理
 あなたの努力の時間が、わたしたちの
 幸せに比例しないんだ。「当たり前」
 
 硬いドアをノックしても返事はない
 世界は内へ内へとロックダウン
 幼いわたしたちには文句があるけど
 賢いひとたちは逃げる「ねえ知らない」

 


 

 押韻箇所の解説は下記を参照。

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