2021年 8月 の投稿一覧

詩歌の韻律論:「緩急律」に関する考察(執筆者:川岸直貴)

1 原田昌雄の「緩急律」について

 詩人の原田昌雄は、詩集『十四行詩 清音濁音』(1998年1月)にて、詩集の巻末にある付記で下記のようなことを書いている。

三の音脚の発話に要する時間が、二の音脚を発話する時間の二つ分に等しくなる(中略)三音の脚での音と音との間は長く、二音の脚での音と音との間は短い。つまり、音の付き方に遅速、緩急が生じる。

三の音脚は緩であり、二の音脚は急である。(中略)四音のは急急となり、五音のは急緩、又は緩急となる。

 そして、韻律とは単なる反復ではなく変化の形式であり、句に急緩の構造がある場合は「緩急律」といえる、と締めくくっている。

 原田の主張はこうである。3音の語を発話する際には発話速度がゆっくりになり、2音の語を発話する際には発話速度が速くなる。

 そのため、6音の句だと、音脚が222(急急急)あるいは33(緩緩)になってしまい、それは「単なる反復」だ、と原田は言う。

 7音の句であれば、223、232、322の構造が生まれるため、必ず2音(急)と3音(緩)が同時に句に含まれることになり、それは「変化」の形式であり、その韻律形式を「緩急律」と呼んでいるようだ。

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#72 スーサイド・スクワットを観る(久納美輝)

 今日はスーサイド・スクワットを観てきたが、個性的な悪役に心を掴まれた。

 悪役(ヴィラン)。なんて美しい響きだろう。ヒーローはいつも逞しく、マッチョな身体をしているのに、悪役は個性豊かだ。鉄仮面、サメ男、水玉男、etc。そんな奇形な悪役の中でも一際輝いている女がいる。そうハーレイ・クイーンだ。

 彼女には華がある。白塗りにした顔、真っ白に染めた髪、真っ赤な唇。見た目も奇抜で妖艶さを放っているが、一番の魅力は童心を忘れない、奔放さだろう。

 彼女は本作では、敵の大統領に求愛される。その後、一緒にランチを楽しんだり、豪邸の家具を破壊しながらセックスする。面白いのは、大統領が自分の理想を実現するためには女、子供も殺すと言った瞬間に背後から、銃で射殺するところである。映画を鑑賞した後に友人に聞いたのだが、ハーレイ・クインは子供を殺すものには容赦はないのだという。自分の理想にそぐわないものは、恋人でもあっさり殺す。彼女は自身の美意識によって生きており、男に媚びることはない。

 また、その後、彼女は拘束され、天井から吊るされて、拷問をうけるのだが、看守がスマホを観てスキを見せたところで、両足で看守を絞め殺してしまう。そして、優雅に槍を振り回しながら、銃を乱射しながら、兵士たちを次々と殺害する。

 放たれた弾丸が兵士たちを貫くと、血しぶきの代わりにポップな花びらが舞う。これは彼女が観ているファンタジーな世界で、実際にはむごたらしい、血に塗れた死体が転がっているはずなのだが、そんなことお構いなしで殺していく。仲間が助けに来たときには、すでに自分で脱出した後、彼女はとらわれない。

 ハーレイ・クイーンというキャラクターはこの作品でしか観ていないが、彼女には自分を縛るようなモラルがない。そのため、自分の楽しい方、楽しい方を選択しているように見える。死も恐れない。そんな姿に、観客は主体的に生きる女性像を見出し、日々、男社会で抑圧されている感情を開放し、スッキリとしたことだろう。

「アフガンは明日の台湾」、そして(執筆者:加藤孝男)

今日の「産経新聞」の見出しの一つに「アフガンは明日の台湾」というものがあった。これは台湾で、そのような議論がなされているということである。

このような言い方が許されるのであれば、アフガンは明日の韓国であり、またアフガンは明日の日本であるのかもしれないのだ。

そもそも、アフガンへのアメリカの関与は2001.9.11に始まったことである。同時多発テロを起こしたアルカイダをかくまったタリバンを征伐するという名目で、アメリカはアフガニスタンに侵攻したのである。

このような理不尽な侵攻が長つづきすはずはない。この20年間というものアメリカはアフガンを弄び、同盟国にも巨額な分担金を強いてきたが、ついに撤退せざる得なくなった。

その背後にあるのはアメリカの軍事産業であり、それを保護するために、アフガンへのアメリカの関与は必要であったという見方もある。

しかしながら、駐留には多くのコストがかかるため、「撤退」はアメリカにとってトランプ大統領から引き継がれた政策であった。しかしトランプであったらこのような無責任な撤退をしたかどうかは分からない。

アフガンではタリバン政権が復活して、これを恐れた人たちが、出国するさまなどが報道などでも伝えられている。なかには飛行機にしがみついて振り落とされた人たちがいたという。

こうしたアメリカの失態を宣伝材料にしているのは、中国であり、ロシアである。「アフガンは明日の台湾である」と、中国寄りの台湾での最大野党、中国国民党が、蔡英文政権を批判している。

アメリカの衰退は今後も世界の地政学を塗りかえていくだろう。そのうちにアメリカは、韓国や日本からも兵を引くときがくるのかもしれない。トランプ政権が口にしかけた韓国からの撤退というシナリオは、今後十分に起こりうる。そうなると、日本の置かれた立場は非常に危ういものとなる。

グローバル経済が華やかなりし頃、ボーダレスなどということがしきりに叫ばれていた。だが、今やこれは幻の言葉になりつつある。

ある意味で香港と言う場所はボーダレスの象徴であった。しかし、中国の早急な香港併合政策と、さらにその先にある台湾への軍事侵攻をアメリカはどのような形でうけとるのであろうか。

今アメリカはアフガニスタンの米国人の救出を名目にして、日本にも自衛隊を派遣するように働きかけているところである。遠からず日本も、こうした火中の栗を拾わされることになるであろう。

腸内環境とカマキリの自殺(執筆者:加藤孝男)

カマキリの自殺についてご存じだろうか。これは最近の研究で明らかになりつつあることなのだが、カマキリが食べたかげろうなどに寄生していた虫が、カマキリを入水させて、殺してしまう。

昔カマキリを殺すと体の中から針金のような虫が出てきて、これはいったい何だろうと思った人は多いだろう。これはハリガネムシといって、カマキリに寄生している。

ハリガネムシは水中で生まれる。その小さな虫が、カゲロウなどの幼虫に食べられ、それを陸上で食べたカマキリの腸の中で大きく成長する。

驚くべきことに、成長したハリガネムシが、泳げないカマキリを誘導して、川に向かわせるのである。最近の研究では、川の輝きをみたカマキリが、そちらに吸い寄せられていき、自殺してしまう。そして、死んだカマキリの体外にでたハリガネムシは水の中で卵を産み、子孫を増やすというわけである。

ここからが本題なのであるが、われわれ人間も腸内細菌によって操られている。そんなことを思うことが多い。

栄養学などでは、腸内環境の改善とか、腸内フローラなどということを言うが、腸の中にお花畑をもつことが重要なことのようだ。そうした腸内細菌が人間の感情に影響を与え、人間を支配するのである。 

腸内環境の良い人は平穏な感情でいられるのであるが、腸内環境が悪くなると人間の振る舞いは粗暴になり、先ほどのハリガネムシに操られたカマキリのように暴挙に出てしまうのである。

発酵食品などが体によいといわれるが、そうしたことが、体にどのような効果をもたらすのか、実際のところ突き詰められているわけではない。もちろん、発酵食品以外にも、腸内環境をよくする食べ物はあるはずである。また、過度のストレスなども腸内環境に大きく響いていく。

ハリガネムシの例から類推できるのは、こうした腸内の改善が、精神の改善となり、我々をさまざまに高めたり、貶めたりするということを知っておくだけでも、日常が違ってくるのではないかと思うのである。

自分を殺しにきた相手と友達になる(執筆者:加藤孝男)

戦後の剣道はスポーツ化したと言われているが、これは本当のことである。

スポーツ化というのはどういうことかと言うと、ルールを決めて行うということである。このことは剣道のいくつかの技においても言えるのであるが、例えば鍔迫りあい一つとってもこのことはいえる。

剣道を知らない人のため、鍔(つば)迫り合いについてお話しすると、これは両者が打ち合いののち、接近し、剣先を上方に向けながら、互いに打ち込んだり、下がったりするタイミングを見計らっているのである。

しかし、これが昔の剣術なら、こうした鍔迫り合いは、ほとんど存在していなかったのであろう。なぜならそこで相手に組み付いて投げてしまえばいいからである。

私は今、合気道で、太刀取りの技などを考案しているが、こうした技を使うと、接近したときかなりの確率で相手を組み伏せることができる。そうした技は古武術では剣術とセットになっていたのである。

こうした組み伏す技を剣の世界から切り離すことで、現代剣道が生まれたのである。

柳生新陰流などの奥義では、無刀取りというものが一子相伝で伝わっているが、もともとこの技は鍔迫り合いの状態から組み伏す時の技であったのである。

こうした柔術技をふくめ、剣術と呼ばれていたものが、剣道となるためには、GHQによる指導などもあったことであろう。

敗戦直後の日本は、しばらくの間、武道そのものが禁止されていたわけであって、これを禁止した GHQ は剣道の掛け声そのものの中に含まれる本質的な要素を排除しようとしていたといわれる。

これに対して三島由紀夫は、天の邪鬼的精神によって、剣道を始め、アメリカに対する反骨精神を養い、魂そのもののありかを探求していた。しかし、三島の始めた剣道は、スポーツ化された剣道であって、あくまでも人格形成の道としての剣道であった。

私が、三島論のなかで説いたように、三島由紀夫は、剣道5段の実力はなかった言う人がいるが、それは違う。戦後の人格形成の道としての剣道であるから、三島由紀夫が剣道5段の実力を持っていたとしてもなんら不思議はないのである。

それ以上に、かつての剣術のダイナミズムを味わおうとするならば、剣道と居合道、さらには合気道の三つを習得せねばならないであろう。無論、武道において完璧などということはあり得ない。

小田急線で牛刀をもって暴れた男が多くの人を殺傷したと言うが、そのような時に武道は有効であるのか、どうなのか。こうしたことまで考えると、やや複雑な思いが交錯する。

合気道の塩田剛三は、弟子から合気道でもっとも強い技はなにかと問われて、自分を殺しにきた相手と友達になることだと答えたという。

もちろん、塩田の言ったことは、最も強い技であるに違いないが、こうした境地は、もっとも難易度の高い境地に違いない。

丸山眞男『日本の思想』「Ⅲ 思想のあり方について」 を読む(執筆者:久納美輝)

最近、丸山眞男の『日本の思想』を読んでいる。自分は政治や思想といったものに関心が薄く、現代の思想の流れから取り残されているきらいがある。そこで、大学の先生や『独学大全』で人気の読書猿がすすめていた『日本の思想』を読むことにしたのである。

丸山眞男は1914年生まれで、この本は1961年に刊行された。

「Ⅰ 日本の思想」

「Ⅱ 近代日本の思想と文学 ーー一つのケース・スタディとしてーー」

「Ⅲ 思想のあり方について」

「Ⅳ「「である」ことと「する」こと」

の4つの章立てとなっている。

岩波新書の薄い本ですぐにペロッと読めそうな本なのだが、なにせ60年前に書かれた本なので、当時の前提知識がないと読むのに苦労する。取り急ぎ、講演の内容をまとめていて読みやすい「Ⅲ 思想のあり方について」から読むことにした。この章を読み終えた感想はというと、現代でも古臭くない核心をついた仕事をしているという印象だ。

ササラ型/タコツボ型

この章で面白いのは、文化と社会の型を「ササラ型」と「タコツボ型」の2つに分けていることである。ササラとは普段馴染みがないが「竹の先を細かくいくつもに割ったもの」らしい。

ここで言いたいのは、ヨーロッパの学問は根っこが同じで、ギリシャ→中世→ルネッサンスという長い伝統があって、各分野の専門分野が細分化されている。つまり、文化・社会の型がササラのような型になっている。

一方で、日本の学問は、枝分かれした専門分野だけがヨーロッパから移植され、共通の根を持たない。各学問が横のつながりを持たず閉鎖的で、タコツボのように並んでいるのだという。本書のなかでも

自然科学者と社会科学者のとの間に、われわれは本質的に同じ仕事をやり同じ任務を持っているという連帯意識というものが非常に乏しい

と書かれている。

この点は確かに身近に感じることがある。例えば、短歌でいうと結社がそうかもしれない。きちんとしたエビデンスがなく、実感で話してしまうのだが、「未来」「まひる野」「玲瓏」など、それぞれ別々の主義を標榜している。自分のざっくりした印象で分類すると、未来(ニューウェーブ)、まひる野(生活実感を重視)、玲瓏(耽美派)。間違っていたり、偏見があったらすみません。

その上で語るのだが、各結社の代表が集まり、今後の短歌の展望を語っていくような催しは少ないように思える。私はまひる野に属しているが、総合誌を読んでいない会員は、その場を取り仕切る先生の意見が文学観と直結しているという感じがする。

もちろん、一部の若手や、中堅・ベテランの歌人は、結社以外にコミューンを作り、積極的な意見交換をしているし、最近は、結社の大会がZoomで視聴できるなど、だいぶ、かつての結社の閉鎖的なイメージは取り払われている。しかし、私の反省でもあるのだが、もっと各々が横のつながりを持つ意識を持たねばいけないとおもう。

また、歌人(小説家でも俳人でもいいのだが)が政治家と対談したりする局面もあまりない。自分が短歌を作っているので短歌の話ばかりしてしまうのだが、歌人は自分の持っている世界観や、自分の生活で思ったことをめいめいが作品にしているだけで、小説や詩、政治などがどのような展望を持って進んでいくべきかという、レイヤーの大きな視点で物事が見れていない気がする。(これは私自身のことで、偏見かもしれない。)

元は人間が幸せに生きていくためにはどうしたらいいか。そういう共通の問題から、各分野が派生している訳で、もっと自分も、他結社や、他ジャンルに関心を持ち、文章を書かねばと思う次第だった。

イメージと現実の乖離

また、丸山はイメージと現実との乖離についても触れている。

われわれが作るいろいろなイメージというものは、簡単にもうしますと、人間が自分の環境に対して適応する潤滑油の一種だろうとおもうのです。

われわれの日常生活の視野に入る世界の範囲が、現代のようにだんだん広くなるにつれて、われわれの環境はますます多様になり、それだけに直接手のとどかない問題について判断し、直接接触しない人間や集団のうごき方、行動様式に対して、われわれが予測あるいは期待を下しながら、行動せざるをえなくなってくる。つまりそれだけわれわれがイメージに頼りながら行動せざるをえなくなってくる。

本来、物事を理解しやすくするための潤滑油の役割を果たすイメージだが、あまり自分が触れないもの、見ないものに関しては、イメージが更新されず、固定してしまう。本書でも例に出されているのだが、われわれの他国に関するイメージーー中国だったり、韓国だったり、アメリカだったりに抱くイメージーーは、個人が実際に取材する訳にもゆかず、偏ったバイアスがかかっている可能性がある。中国が戦争をしようとしているとか、韓国は日本に敵意を持っているとか(まあ、事実かもしれないが)。

特に今はネットがあるから、それらのイメージを動画などで育てて、実際を見に行かないということが多い。その結果、各国の人間が互いに、例えば「日本人は韓国人を差別している」「韓国人は日本人を攻撃してくる」などと、どちらも被害者だと思い込み、それらがヘイトスピーチにつながってゆくこともおうおうにしてある。ここらへんは、センシティブになってくるから、これ以上踏み込むには勉強が必要なので差し控える。

最近、メンタリストDaigo氏が「ホームレスの命はどうでもいい」との発言をして物議を醸しているが、高収入な彼にとってホームレスの方々は、かなり縁遠いものであり、実際で近くで見て話すということがほとんどなかったはずである。発言は絶対に擁護できるものではないが、Daigo氏のように日に何冊も学術書を読めるようなインテリ(今回の件であやしくなってきたが)でさえもそのような偏見を持ってしまうのだから、一層、われわれはいかにイメージで物事を見ているか、いましめながら生活する必要があるだろう。

かつてマルクスは「私はマルクス主義者ではない」と言ったそうだが、一番怖いのは現実とイメージが反転してしまうことであり、イメージがひとり歩きしてしまうこと。自分に実害もないのに意味なく他者を見下したり、差別してしまうことだけは避けたいものだ。

「文武一如」ということ(執筆者:加藤孝男)

武道との出会いは高校生の時で、そのころは文と武とが一つのものだなどとは思っていなかった。

柔道の授業では、相手を面白いほど簡単に投げることができるので、有頂天になっていた。これも素人の力技というやつである。ある日、柔道部の男と乱取りをしたら、一本背負いで、すっと彼の背中に乗ってしまった。その時の心地よさというか、自然さがわすれられず、生涯武道に関わるようになったのかもしれない。

大学に入って近くにあった極真会館の道場に入門した。その時分の尺度で考えて、空手のなかで一番強いのは極真だというふうな思い込みがあって、道場にしばらく通った。マンションの2階にあるその道場は、人でごった返していた。

空手といえば拳というイメージがあったが、当時の極真は、掌(てのひら)で相手の顔を攻撃する「掌底」が中心であった。パンチというのは、これまた最も強いと言う錯覚があり、掌底での攻撃はいかにもダサい感じがしていた。

しかし、後に色々研究してみると掌底は、顔面に打撃を与えず、相手を倒す方法では、意外と強いというのが今の結論である。

この間、ボクシングの村田諒太がパンチについて語っているのを聴いて面白いと思った。村田がいうには、KOを取った時というのは、軽く腕を突き出した時に、相手が倒れているというのである。

これはどの世界にも共通するものである。たとえば、文章の世界でも、無意識に書いた文章がもっとも冴えている。書こう、書こうとしても、いい文章は書けない。技巧を超越したところにしか妙技は生まれない。

もうこうなるとパンチの強さではない。ボクシングのパンチはどちらかと言うと張り手に近いというのだ。元来のパンチの衝撃をグローブが抑えているので、なおさらであろう。空手でも強いパンチは顎とかを砕くことはできても相手を倒すことはできない。やはり武術家のみが知るパンチの世界があるのである。

相撲の張り手や突っ張りが最強の武器であるように、掌でも入り方によって相手をノックアウトする。合気道家のステーブン・セガールの得意技が、相手のパンチをかわしつつ、相手の顔に掌を打ち込み、瞬時に相手を倒すという技である。

合気道の基本には、当て身という体の急所を狙う技がある。しかし、一般の合気道では、この技は封印されている。危険だからである。なぜ当て身が使われるかというと、合気道の技というのは簡単にはかからないからである。あらかじめの相手のバランスを崩したり、あるいは当て身によって、相手の意識をひるませて、技をかけていく。それでなければ、百パーセント相手は倒せない。

この間、少林寺拳法の技を見ていたら、目打ちというものがあり、手をムチのように使って相手の目の部分を打つという。すると瞬時に相手は目が見えなくなり、倒れてしまう。しかし視力は後に回復するので瞬間的なものである。これも当て身なのである。

相手の中心を攻めるというのも、この急所を攻めていることになる。

だから、必ずしも拳を鍛えて強く見せることが武道の本質ではない。むしろ見せかけ上の強さでは、逆に隙をつくってしまう。手をしなやかな鞭のように使うとは、我々に色んなことを教えてくれる。武道の真の強さとは、そうしたしなやかさから生まれる。

無論、これは武道だけのことではない。その対極にあると思われる文学においても同じであり、しなやかさは言葉のしなやかさとも関係している。優れた文学は大方こうしたしなやかさと急所をおさえる技を持っているものなのである。

追悼 立花隆『エーゲ 永遠回帰の海』(ちくま文庫)書評(執筆者:加藤孝男)

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2021年4月30日に亡くなられた立花隆さんについて書かなければならないと思いながら、今日まで過ごしている。

その死が発表されたのは、6月の下旬のことであったので、もう一と月以上が過ぎようとしている。

立花隆といえば、徹底的なリサーチによって、現代という時代の最先端をえぐり出した人である。もっとも有名になったのは、田中角栄を研究した一連の批評であった。しかし、その後も、宇宙飛行士や、臨死体験者、猿学の権威、ノーベル医学賞の学者など、インタビューによって、その実態をあぶり出していった。

しかし、それらは本当に立花が書きたかったものであろうか、と時に思うことがある。文藝春秋に就職して、編集者となったが、嫌いな野球の取材を命じられたことが原因で、会社を辞めて一本立ちしたという。

だが、なかなか食べることができず、新宿のゴールデン街でガルガンチュアという飲み屋を始めたというから、経営の才もあった人である。

社会人入学で東大の哲学科に入り直して勉強もしている。この辺りに立花の原点があるように思うのである。

そこで今回、これまで読んで来なかった立花の著作の中で、『エーゲ 永遠回帰の海』という著作を取り上げてみたい。この本ほど立花の知的好奇心の方向性がくっきりとあらわれた著作はないからである。

エーゲというのは、エーゲ海のことで、その海を取り巻くようにして存在する遺跡を、カメラマンの須田慎太郎と一緒に見て回った時の記録である。

立花が言うには、それは田中角栄の裁判が一息ついた時に、週刊プレイボーイから、好きなところに行って、好きなこと書いて欲しいと頼まれたという。そこで古代ギリシャの遺跡のある場所を、丹念にまわって、記事にすることにしたという。たいへん贅沢な連載である。

しかし、その本はすぐに単行本としてまとまらずに、立花にしてはめずらしく、長期間かけて熟成している。

エーゲ海という響きは、日本人にとっても美しい海を連想させる。我々世代には1977年に芥川賞を受賞した池田満寿夫の「エーゲ海に捧ぐ」などをも連想し、むろん辻邦生などの一連の作品を思わないでもない。

ギリシアはヨーロッパの文明の源であって立花隆とのつながりは一見ないようにも思えるが、よく読んでみると、立花の思索の原点となっていることが分かる。

私は西脇順三郎の研究をつづけているが、西脇の思考の原点にもギリシア、ローマがあり、西脇の好きな女神は、エーゲ海周辺地域に多くあらわれている。だが、困ったことにそうした神々の遺跡は、破壊され、持ち去られて今日に至っている。

この著作で立花はそうした廃墟へ自らの足を運んで、見て歩いている。

美しいものは常に略奪されたり、征服されたりしながら、自然のままの姿を今日にとどめるものであるが、このヨーロッパ文明の発祥の地であるエーゲ海周辺地域も、美しい場所であり、いくたびの侵略や滅亡という歴史をもっている。

立花は、この本のなかで、「知識としての歴史はフェイクである」と書く。

「最も正統的な歴史は、記録されざる歴史、語られざる歴史、後世の人が何も知らない歴史なのではあるまいか」と述べている。

立花は無数に残る廃墟に足を運びながらそのように実感したのである。この本の終章には立花が最も書きたかった、哲学の原点ということが書かれている。

立花は古代ギリシアの哲学者たちを、素朴な形で尊敬しているが、特にその中で取り上げているのは、タレスである。すでに立花は、80年代の旅をする以前、1972年に、地中海の周辺諸国を訪れている。

その旅の起点となったのが、ミレトスという場所である。このミレトスという場所はペルシャとの戦争によって滅ぼされたばかりか、近くを流れる河の氾濫によって、いまでは海岸線から離れてしまった。しかし、それまでのミレトスはアテネのつくった貿易港として繁栄した。

場所としては、エーゲ海の東に位置し、海を挟んでギリシアの反対側にあった。現在のトルコのアナトリア半島のエーゲ海側である。

紀元前6世紀のミレトスは、本格的な貨幣経済の中心地で、「最強の通称国家」と呼ばれていたという。そして、黒海の沿岸に植民市を100ぐらいつくっていたというのである。そのミレトスで活躍した哲学者がタレスであった。彼はそこでは天文学者として知られていて、太陽の地軸が傾いていて、1年経つと元に戻るということを発見し、一年を365日としたのも、タレスだというのだ。

また、日食を予言した。これらは当時としては驚異的な出来事である。立花はその他、タレスが述べたという箴言的な言葉を次のように記している。

「最も年(とし)古りたるものは神なり、神は生まれざりしものなるがゆえに」「最も美しきものは宇宙なり、神のつくりしものなるがゆえに」「最も大なるものは空間なり、あらゆるものを包含するがゆえに」「最も速きものは知性(心)なり、あらゆるものを貫き走るがゆえに」「最も強きものは必然なり、あらゆるものを支配するがゆえに」「最も賢きものは時なり、あらゆるものを明るみに出すがゆえに」(『ギリシア哲学者列伝』、加来彰俊訳)

このような文言をあげながら、タレスの偉業を讃えるが、この文言のなかに立花の思考回路とみごとに重なるものをみることができる。この時代の哲学者が追求した万物の根源ということでいえば、タレスは万物のもとは水であると述べた。アルケー(根源、原理)というものは、どのような対象においても、立花がもっとも探求したかったものではなかったか。

このことから、時間軸上のアルケーはビッグバンであるという。また物質においては、素粒子レベルまで探求がすすめられている。こうした素朴な自然哲学の方向が、現代科学においても、いまだ方向性を失ったわけではない。そしてタレスを語ることは、哲学というものの根源を語ることにつながる。

エーゲ海の東の半島に位置するミレトスという場所にあって、すでに海の交易で経済が成り立っていたが、神々はまだキリスト教のような一神教ではなかった。多くの神々がそこにいて、それが人々の崇拝を集めていたのである。

立花はこの本のなかで、ヘカタイオスの世界地図というもの掲げている。この地図が面白いのは、その中心がミレトスということは当然であるにしても、これを見ると不思議に当時の人の世界観が分かってしまう。

いまだ地球が丸いとは考えられていない時代の世界が、どのような地政学で考えられていたのかが分かる。この地図の東にはインド、そして西にはケルトが位置している。

しかし商業国家として栄えたミレトスはペルシアによって蹂躙されてしまう。この地図にはペルシャはインドの下、アジアに位置している。いまだ、この国の脅威が迫る以前にこの地図はできたことが分かる。

そしてミレトスの滅亡の時がやってきた。ペルシアは、エーゲ海にもその力を及ぼし、この国を攻めた。時のミレトスの指導者は、その場で胴体は磔刑(はりつけ)にされ、首は塩漬けにされてしまう。ミレトスの側に立ったイオニアも諸国も、徹底的な掃討作戦で男は殺され女は奴隷にされ、各都市は焼き払われた。

男の中で選び抜かれた美貌の少年は去勢され、器量の優れた娘たちと共にペルシアの宮廷に送られたと、戦に敗れた国の惨状を描く。そして、次のようにこの本をまとめている。

「要するに、私がミレトスで見た荒涼たる風景は、その時代の世界大戦に敗北して滅亡したかつての超大国が、敵国に蹂躙され、徹底した破壊を受けた後の荒廃の風景だったのである。いってみれば、1945年の日本全土に広がっていた焼け跡風景の古代版だったのである」というようなことをいう。まさに日本の敗戦の姿をそこに重ねながら、歴史は常に強いものが弱いものを蹂躙し、歴史を書き換えていくということを行っている。

それは冒頭で立花が語っていた歴史であって、上書きされることによってフェイクにもなってしまう歴史なのである。島国である日本はまだしも、こうした国境線を接し、美しい場所にある国々の歴史は、多民族との戦争などで栄枯盛衰が絶えなかった。

それによって、ギリシアの神々とペルシャの神々、更にイスラムの神がそこに侵入し、女神として存在した神々は廃虚の中に投げ出されたのである。

立花はこうした歴史というものをこの本の中で語ろうとしているが、それは彼の好奇心がとらえたものごとの本質のようなものであった。

#70 観察者の視線(執筆者:久納美輝)

 恐怖は目を瞑ることから始まる。細部へのこだわり、ある種の過敏な気質は、その対象をじっくりと眺める前に本能的にニゲロと命令する。しかし、逃げる前にその対象がどんなものであるか観察し、脳内で腑分けして分類しなければ、いつまで立っても経験としてアーカイブされず、未整理の恐怖がただただ脳内に浮遊し、ちょっとした物音や、影なんかにも足がすくんでしまう。その場で対象を観察し、危険かどうかを判断し、危険なときのみ逃げる。そういう判断の時間があってもいいのではないか。

 そう確信したのは車中泊のさなかである。ハエが明かりを求めて、車のなかに何匹も入ってきた。初めは恐ろしく、耳元に羽音が聴こえると、ひえっと身を縮めていた。

 しかし、そのハエをじっくり眺めると、生命というよりメタリックな機械であり、にぶい光を放つその身体は生きることに全振りされた、機能的なものだった。彼らは本能によって光に集まり、本能によって私が近づけた手から離れる〈モノ〉であり、私に悪意を持って危害をくわえてくる〈者〉ではなかった。

 むしろ、キャンプ場という彼らのすみかに侵入している私達が加害者なのであり、私は彼らを恐れることを止めた。つまり虫は恐ろしくない(蜂や蜘蛛などの毒虫を除いて)。その証拠に室内を真っ暗にして、窓を少し開けて眠っていると、朝、彼らは消えていた。

 これと同じように自分のなかにある恐怖は観察の不足、その対象に対する無理解から生じるのではないかという考えがぽわんと浮かんだ。例えば、短歌に関する評論を書くことを、私はひどく恐れている。過剰に批判を怖がっている。

 しかし、それらの言説が私に害をおよぼすことはほとんどない(わたしが悪意を持って加害することはあっても)。そのときは、彼らの言葉をじっくりと俯瞰し、整理し、判断すればいい。

 いたづらに逃げ回ることは自らの住むエリアを限定してしまう。そんなことを考えながら、逃げずに立ち止まっていることのことの有用性について考えた。反対に恐怖を打ち消そうとして、攻撃に転じないことも重要である。あのとき、私が虫に攻撃をくわえていたら、より虫はグロテスクな体液を撒き散らし、私に恐怖を植え付けてきたに違いない。

 そんな逃走と逃走のあわいに立っていることが重要なのではないか。生きるということは、駆け出すことではなくて、一瞬静止して、立ち止まって視ること。そして、自分の恐怖を感じるものと感じないものを判断し、必要なときのみ逃げ、闘う。その観察者の視点が必要ではないか。

#69 まひる野賞受賞作掲載号が届く+気軽に文章を書く方法(執筆者:久納美輝)

今日は僕のまひる野賞受賞作「嬌声と黙(もだ)」が掲載されたまひる野2021年8月号が届いていたので、とても嬉しい一日だった。まず受賞の報告を母と祖母にする。祖母に連作を見せてほしいと言われたので、少し戸惑ってしまった。というのも、決して祖母を良く書いた歌が掲載された訳ではなかったからだ。

どちらかが死ぬまで続く祖父母らのいさかいのなか入れ歯を運ぶ

僕の祖父母らのなかはいい方ではない。常に怒鳴りあっており、子供の頃から子供みたいな祖父母らの喧嘩は見て、辟易していた。軽蔑に近い感情だったかもしれない。

僕に対しても、玄関の鍵をしめ忘れたリ、ガス栓をしめ忘れたりすると、烈火のごとく怒った。僕はそんな感情的な人間になるのは嫌だった。祖父母みたいになってはいけない。そう思いながら生きてきたのだ。

こんな歌を詠むくらいだから、僕もあまり性格がいい人間とは言えない。連作を見せる前に、祖母の前で、上の歌を朗読してみせた。

すると、祖母は爆笑しており「そうそう、その通りだわ」と言った。祖母が喜んでいるので、僕はなんというか虚を突かれてしまった。そして、祖母は「ありがとうね」と言った。なぜ、喜んでいるかはわからないし、ともすれば祖父母の死を待ち望んでいるような歌だ。理由がわからないまま、僕は母と日曜日の買い出しに出かけた。

買い物が終わると、僕はコメダに寄って本を読んでいた。ドラえもんの単行本を間違えてカバンにしまって帰ってきてしまったので近いうちに返しに行かねばならない。それは置いといて、僕は詩を書きながら、岡潔の『春宵十話』を読んだ。

特に、以下の点が心に残った。

頭で学問をするものだという一般の観念に対して、私は本当は情緒が中心になっているといいたい。人には交感神経系統と副交感神経系統とあり、正常な状態では両方が平衡を保っているが、交感神経系統が主に働いているときは、数学の研究でいえばじわじわと少しずつある目標に詰め寄っているときで、気分からいうと内臓が板にはりつけられているみたいで、胃腸の動きはおさえられている。副交感神経系統が主に働いているときは調子に乗ってどんどん書き進むことができる。そのかわり、胃腸の動きが早すぎて下痢をする。

実際、イライラして交感神経が優位な時は、ぜんぜん書物が進まないし、書く気すら起こらない。今日も前の晩の夜ふかしが響いた成果、書くことが億劫に感じて、過去の嫌なことや、プレッシャーと、闘いながら詩を書いた。でも、文章は気合でどうにかなる問題ではない。力んでいるときは一文字も書けないものだ。

こんな名言も心に残った。

よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、私は春の野に咲くスミレはただのスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。咲くことがどんなによいことであろうとなかろうと、それはスミレのあずかり知らないことだ。咲いているのといないのとではおのずから違うというだけのことである。私についていえば、ただ数学を学ぶ喜びを食べて生きているというだけである。そしてその喜びは「発見の喜び」にほかならない。

短歌もやっていて役に立たないかもとおもうときもある。しかし、それでも短歌を続けるのは、短歌を通して新しい事実の発見などがあるからだ。だから、続けられるのだ。

Scapple

詩を書きながらTwitterを見ていたら、『ライティングの哲学』の手法が紹介されていたので早速ためしてみた。というのは、ワードの真っ白な画面を眺めていても、文章が浮かんでこないので、書いたことが付箋のように蓄積されるアプリや、プロットのアウトラインを作りながら、書くことを考えているとのこと。自分もScappleやTreeのようなアプリを使って、書いてみた。確かにこれから書こうとするもののゴールがみえて、筆がちょっとだけ早く進んだ。

Tree

家に帰る前にしばらく駐車場で、ジュークの荷室に寝転がりながらYouTubeを観ていた。観ていた内容は、小山田圭吾問題のことで、差別について岡田斗司夫が語っていた。氏いわく「インテリは人種差別や女性差別は嫌悪するが、一方で低学歴やデブや貧困層を馬鹿にする」という。つまり、先天的なものに対する差別には反対するが、後天的な努力でなんとかなる学歴や、収入がない人を軽蔑しやすいのだ。

僕の家は裕福ではない。祖父母らは中卒だし、母は高卒だ。決して学歴差別をしているわけではないが、大卒の僕は家族に上から目線で接していたところがある。なぜ、怒鳴ることでしか会話できないのか。僕はいちいち怒った祖母に対して、そんなことは相手の立場で考えることができたら、自分に正当性がないのが分かるだろうと諭したことがあったが、そういうときに限って「子供のくせに生意気だ」と言い返された。僕の軽蔑の視線を読み取ったんだと思う。いままでずいぶんひどいことを言ってきたに違いない。反省すべきだ。

家に帰ると、今度は祖母がさっきの歌をノートに書いてくれと言う。僕は次の歌をノートに付け加えた。

歳を経(ふ)るたびにちいさくなる祖母を庭より見たり遠近法で

それでも祖母はうれしそうだった。そこに祖父もやってきて、僕の連作を読む。あんたら本当に歌の意味はわかっているのかよ。とおもっていたのだけれども、ここ最近はなかった団らんがあった。それだけ僕は愛されているのだろう。

愛にもさまざまな形がある。祖母は最近、足が悪く外に出られない状態だ。元気だった頃は、母や僕の世話を異常に焼きたがる人だったから、他人に干渉できないつらさや、面倒を見てもらわないといけない恥ずかしさ、申し訳なさなどを感じているとおもう。僕は理解した。そんななかどんな形であれ、自分を見てくれる人がいるというのが嬉しかったのだろう。

まひる野賞選考委員の方々からも家族詠の評価がよく、祖母との関係を深めた歌をもっと詠むといいと言う声もあった。少し、家族の様子を今後まひる野に発表していこうとおもう。

追記:家に帰ってから3時間くらい寝てしまったら、将来の不安や疲労が一気に消え、ひさびさに日記を書こうとおもった。また、Treeをつかってプロットを作ることで、筆を止めずに書くことができた。このやり方が効率的だったのか、はたまた気分がいいせいだったかわからないけど、しばらく検証してみようとおもう。