中城ふみ子 短歌解説その66(執筆者:田村ふみ乃)

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ひそひそと秋あたらしき悲しみこよ例へばチヤツプリンの悲哀の如く

1953年10月「新墾(にいはり)」

日中はまだ暑いのに、日が陰ると急に肌寒くなる。とりわけこの季節は身に沁みて悲しくなってしまう。そんな心境をチャップリンの映画の世界に重ねた。「ひそひそと」に、いつの間にか秋になっていたという実感が出ている。

チャップリンといえば、山高帽にちょび髭、そしてステッキを持った姿が思い浮かぶ。みずからが主演・監督した映画は社会風刺の効いた喜劇だが、どの作品も笑いのなかに涙があり、人の世の憐れさを思わせ、日本でも大ヒットをとばした。その人気絶頂の1932年にチャップリンは初来日しており、その後もたびたび日本を訪れている。

ふみ子は映画が好きで、帯広の映画研究会に入っていた。1952年には、その研究会が発行する会報誌に2回、好きな外国の俳優のことや映画評を書いている。

1回目は、フランスの俳優ジャン・マレーの熱狂的ファンだと述べて、彼の顔つきや体躯を野性的だと褒め讃え、2回目はヴィヴィアン・リー主演の「哀愁(あいしゅう)」「欲望という名の電車」について、リーの計算された演技力に注目している。チャップリンの映画も公開されるとすぐに観にいったのだろう。

初出ではこの歌は「秋新しき」となっている。人生の悲喜こもごもを新味(しんみ)と面白味をもって、ふみ子はいつも描こうとしていた。まるでチャップリンの映画のように。

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コメント

  1. ののちゃん より:

    久々の更新に喜んでいます。
    これからも無理せず、ゆっくりとぼちぼち書いていってください。
    楽しみにしています。

  2. 表文研 より:

    いつも読んでいただいてありがとうございます。

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