中城ふみ子 短歌解説その77(執筆者:田村ふみ乃)

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くろずみし朱肉に離婚の印を押しむなしき明日の冒頭とする 

『花の原型』

離婚届に印鑑を押したばかりの心境をうたっている。結婚後、10年近く使ってきた印鑑ケースの中にある朱肉なのだろう。だいぶ、くろずんでいて、その赤黒さが夫への愛憎を思わせる。

1年半に及ぶ別居を経て、ようやく離婚ができたというのに、ただむなしいと打ちあける。が、読み応えのある言葉運びに、すべてを引き受けて生きていこうとする力強さを感じる。

複雑な私生活を読み手に覗きみさせるようなワンシーンの切り取り方や、抑制的な詠み口には工夫の跡がみられる。詠うべきものは逃さず詠う、そうでなければ「中城ふみ子」は生まれなかっただろう。

彼女の創作活動は、離婚を機に本格化する。男性優位の社会意識のなかで、すぐれた女性歌人を輩出していた「女人短歌」の会員に、ふみ子は離婚した月になっており、その4ヵ月後には帯広放送作家グループにも入会している。乳癌とわかったあとも創作意欲は失せず、彼女の随筆や原作ドラマはラジオで何度も放送され、中城の姓のまま活躍の場を広げていった。

ふみ子が旧姓に戻さなかった理由については、歌の仲間で、彼女が信頼をおいていた舟橋精盛(せいもり)が、ふみ子から直接聞いた話として、「現在の幸も不幸も結婚生活から発端してゐるんであるから中城といふ姓に愛着を捨て切れない」と、書き残している(「鴉族」)。

人生を悲嘆しても仕方がない。みずからの明日へ勇気を与えるために文学がある。そうして人は物語を作り、歌を詠み続けてきたのだ。

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