中城ふみ子 短歌解説その78(執筆者:田村ふみ乃)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

背のびして唇づけ返す春の夜のこころはあはれみづみづとして 

1952年8月「新墾(にいはり)」

「唇(くち)づけ」とはキスのこと。彼から受けたキスに背のびをして作者もこたえている。そんな「春の夜」の心の透明感が「みづみづ」に表れている。

言葉と言葉のあいだに光をはらみ、歌がきらめいている。また「の」「づ」「は」「して」のリフレインによって、韻律にゆだねられてこそ生まれる映像があり、1首が美しい。

初句から2句にかけて、ふたりの身長差を思わせる。この彼は、のちに婚約する木野村英之介だ。木野村の身長は173センチメートル、ふみ子は小柄だったので、この描写は作り事ではない。作者はおそらく踵(かかと)の高い靴を履いている。そして背のびしてキスをする自身の容姿を映画のワンシーンのようにみせて誇っているのだ。

ふみ子が乳癌だと初めて診断されたのは、1952年2月。4月上旬に手術を受け、退院はその1か月後だった。そうすると「春の夜」は、乳癌を知ってから手術を受けるまでのことである。

この歌は退院後に詠まれており、乳房があった頃のシルエットを思いみて詠んでいるのかもしれない。春の活発な生命の営みのなかで、あの時の抑え切れなかった欲情を「あはれ」といいながらも、結句に「みづみづとして」をもってきたところに、彼女の生き生きとした普遍的な内面をみる

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*