テレワークで感じたこと①:見られない日々のありがたさ(執筆者:久納美輝)

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自分のデスクまわり。散らかっていて仕事ができないのがバレてしまう。椅子はゲーミングチェアで会社の椅子より疲れない。キーボードは会社のマックがタイプCしか刺さらないので使えていない。アップルウォッチも最近はつけていない。

月曜日からテレワークを始めてはや一週間が過ぎようとしている。本来は不要不急の外出を避けてウイルス感染を防ぐのが目的なのだが、自分が会社に申請を出した理由はちょっと違った。しばらくの間、人と会わないと自分はどうなるのか試してみたかったのである。

自分は働くことは会社に行って定時まで過ごすこととおもっているフシがある。仕事がはかどってもはかどらなくても、定時までいれば給料はもらえるし、残業をしてその場にいれば「遅くまで頑張っているね」と声をかけられる。しかし、自宅にいればチャット以外の自分は他人に見えないのであり、努力や苦労は見てもらえない。成果だけで見られてしまうプレッシャーがあったが、残業グセが治るような気もしていた。

テレワークを始めてみて感じたのは、ストレスが減るということだ。朝が苦手なので、いつも8時半に飛び起きて、8時45分の電車に乗って、ギリギリ9時半の出社時間に間に合うように会社にすべり混んでいる。髭を剃ったり髪を整える時間はない。しかし、テレワークなら9時近くまで寝ることができ、朝食を食べる時間もある。寝すぎると罪悪感に襲われるがその分、体はラクだ。自分がおもっている以上に、朝の出勤はストレスになっているようだ。

それともう一つ。人に見られているというストレスが減るのがありがたい。髭を剃らなかったり、髪がボサボサのまま会社にいると、「この人、不潔だな」とおもわれているんじゃないかと気になる。それならば直せばいいのだが、なんかそれもめんどくさい。家にいるとそういうことをとがめられないのでラクだ。これでストレスの50%はなくなっているようにおもう。

実際、会社にいると始終「サイアク」という独り言を言っているのだが、一人で働いていると黙って仕事ができる。結局は誰かがいると、自分の抱えている不安を誰かに聞いてもらいたくなってしまうし、視線が気になり、集中力が削がれるのだ。

また、無意識のうちに独り言を言うことで他人の反応を求めているのだとおもう。テレワークだと相談できる人がまわりにいないので、自分でなにごともやらなければいけない。だが、人の目がないので「自分はこんなに頑張っているのに理解してくれない」という被害妄想が起因となっているストレスは生じない。結局、人の反応で一喜一憂してしまうので、人に囲まれていない方がラクだ。

残業グセが治るかどうかはまだなんともいえない。作業が完了するたびに会社に進捗のチャットを送らねばならないので、スピード感は意識しているが、一方で、出勤時間がゼロなので、ついつい遅くまで働いてもいいやという甘えも生まれる。他人が帰って行くのも見えないので人に合わせて帰るということもできない。テレワークを期にこの辺の自己コントロール能力も磨きたい。

話をまとめると、テレワークに限らず一定期間人と関わらないことはいいことだとおもい始めている。会社にいるときは、自分の仕事がうまく進むことよりも、人に批判されないことを意識して働いていなかったか。友人関係も自分が楽しく過ごすことよりも、相手に嫌われないようにすることに時間を使っていなかったか。とりあえず今は他人に合わせずに自分で自分をコントロールできるように意識しながら日々を過ごしている。

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