小説のカルマ(執筆者:久納美輝)

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ここ最近、小説を書くことばかり考えている。特に煙草を吸っているときやYouTubeを見ているときによく頭にうかぶ。小説を書くのが自分にとって現実逃避だからだ。いまの自分がダメだから、すごい小説を書いてみんなをギャフンと言わせたい。そんな気持ちをもう小学校の頃からずーっと引きずっている。

小学生のときは江戸川乱歩の少年探偵団シリーズをずっと読んでいて、推理作家になりたいと思っていた。もう江戸川乱歩がどんな作家かすっかり忘れてしまっているのだが、『人間豹』だけ生々しく覚えている。明智夫人の文代さんが人間豹に八つ裂きにされるシーンがショッキングで、あとで八つ裂きにされたのがマネキンだったと知って、ほっと胸をなでおろしたものだ。

小学生の頃は、自分はトリックが書けないとすぐに諦めた。というより、学校の文集の将来の夢かなにかに書いて笑われて止めた気がする。

中学生の頃は、山田悠介にハマる。よく文章がヘタだと言われるけれど、文章のうまいへたなんてそのときはよくわからなくて、似たようなホラーを夏の自由研究で書いた。そのときに小説なんか書いている人がクラスで数えるほどしかいなかったので、ちょっとみんなに褒められた。その成功体験を引きずって好きな女の子に卒業と同時に小説で告白したのだが、無論失敗。よくもまあそんなことをしたものだ。

高校生の頃はひたすら中島らもの本を読んでいた。あの頃は自分も大学にいったら、睡眠薬やブロンをあおってみんなでラリるぞと息巻いていた。いまはほとんど忘れてしまったが、薬について詳しく調べており、保健体育の麻薬の授業でその知識を遺憾なく発揮。昔コーラにコカインが入っていたという先生の話を遮ってコカの葉を乾燥させたものが入っていたとうんちくを垂れ、みんなから白い目で見られた。その情報が正しかったかどうかさえもう忘れてしまった。

いま考えるとぞっとする。今の自分、薬なんてうつ病ですと言えばかんたんに手に入るのだ。なにも憧れるようなものでもない。しかも中島らもは、自分が依存症に苦しんでいるクセして、竹中直人が悩んでいるときにブロンの一気飲みを勧めたなんてエピソートを聞くと、最低だなとおもってしまう。でも、あの人は頭がいいので身内だけのジョークだったのかもしれない。

高校のときは薬を飲むと他人をコントロールできる少女の話を書いて、友達に読ませていたっけ。それから大学で小説を学ぶことになる。大学時代は文学者ぶりさんざん人をけなしてきたので詳しいことは書けない。過去の失敗として笑うにはまだ時間が経過していないのである。いまでも罪悪感で胸が痛くなる。

大学のときに一番書いてきたのは小説だったけれども、いまやっているのは短歌だ。短歌は好きで、これからも続けていこうとおもっているけれど、ふと本当にやりたいことはなにかなとおもってしまう。

結局、小説はあまりにも人に厳しいことを言い過ぎて、不完全な文章を書いている自分が許せなかったのである。で、いまは短歌をやっているのだけれども、昔を知る人からは小説から逃げているんじゃないかと言われる。そう言えば一度も賞に出したこともない。ここまでなんとか逃げてもやっていけたんだ。現実逃避はしてもいいけれども、小説を書くことから逃げてはダメだろうな。

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