マチエールの作品を読む① 「まひる野」2020年12月号浅井美也子(執筆者:久納美輝)

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マチエールとは短歌結社「まひる野」の若手を中心とした欄である。2020年12月から、マチエールの一員となったこともあり、他のメンバーがどんな歌を読んでいるか、改めて言語化しようとおもった。

人参の新芽をまびくその間に陽の照りそめて焼ける手の甲

②急に歳とったと母の言いながら入れるデカフェの薄き褐色

③柚子・蜜柑たわわに青き実をつけて父母ばかり老ゆコロナの夏

以上の引用歌は、「まひる野」2020年12月号の浅井美也子の連作「コロナの夏」から抜粋した歌である。①、②、③は掲載順に並べてある。

浅井美也子は2014年まひる野入会、2017年第62回まひる野賞を「しまいゆく夏」にて受賞しており、「生活実感」に重きをおくまひる野らしいオーソドックスな短歌を詠む。特に季節の変化を体感で捉えることに優れた作者であり、花や気候の色彩に己の心象をたくし、散文では言語化しえないこころの濃淡をたくみに表現している。

①の歌は「人参」のオレンジや「照りそめて」より夕焼けを連想させる。朝から畑仕事をしていて、夕方にさしかかった頃、ふと見ると、手が焼けていたという歌だろう。「人参の新芽をまびく」のに熱中している間、気がつけば時が過ぎている、その時間のはかなさを詠んでいる。

②の歌は「薄き褐色」に注目したい。褐色から秋にさしかかる晩夏ではないかと推測できる。それまでの母が、夏のように生命力あふれる女性であったのに対し、おばあちゃんになっていく、そんな時の変化にデカフェを見て気がついたのだろう。

③の歌は②の心象をより強めている。若さを象徴する「柚子・蜜柑の青」と、老いていく「父母」のコントラストがはっきりしている。ここまでコントラストがはっきりしているのは、作者がそのどちらでもないからだろう。

作者の情報を補足すれば、まだ幼い子供を育てる母である。自分が青かった(幼かった)頃から大人になり、絶対的であった親が少し老け、中間に立たされた不安なこころが秘められているように感じられる。

余談だが同じ連作にこんな歌もあった。

ははそはの母の挑戦三年の赤玉ねぎの色入りの良し

この歌により柞(ははそ)が母に掛かる枕詞と知る。深沢七郎の『言わなければよかったのに日記』の短編「柞葉の母」はそこから来ているのだという発見もあった。

夏が過ぎ、秋に入ることにより季節に深みが増していくように、夏と秋の中間に立たされた作者もこれから円熟期に入っていくだろう。歌集の出版を待ちわびている歌人のひとりである。

浅井美也子については以下のサイトにも書かれている。詳しく知りたい方はこちらも読んでみて欲しい。

まひる野歌人ノート⑥浅井美也子

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