自分を殺しにきた相手と友達になる(執筆者:加藤孝男)

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戦後の剣道はスポーツ化したと言われているが、これは本当のことである。

スポーツ化というのはどういうことかと言うと、ルールを決めて行うということである。このことは剣道のいくつかの技においても言えるのであるが、例えば鍔迫りあい一つとってもこのことはいえる。

剣道を知らない人のため、鍔(つば)迫り合いについてお話しすると、これは両者が打ち合いののち、接近し、剣先を上方に向けながら、互いに打ち込んだり、下がったりするタイミングを見計らっているのである。

しかし、これが昔の剣術なら、こうした鍔迫り合いは、ほとんど存在していなかったのであろう。なぜならそこで相手に組み付いて投げてしまえばいいからである。

私は今、合気道で、太刀取りの技などを考案しているが、こうした技を使うと、接近したときかなりの確率で相手を組み伏せることができる。そうした技は古武術では剣術とセットになっていたのである。

こうした組み伏す技を剣の世界から切り離すことで、現代剣道が生まれたのである。

柳生新陰流などの奥義では、無刀取りというものが一子相伝で伝わっているが、もともとこの技は鍔迫り合いの状態から組み伏す時の技であったのである。

こうした柔術技をふくめ、剣術と呼ばれていたものが、剣道となるためには、GHQによる指導などもあったことであろう。

敗戦直後の日本は、しばらくの間、武道そのものが禁止されていたわけであって、これを禁止した GHQ は剣道の掛け声そのものの中に含まれる本質的な要素を排除しようとしていたといわれる。

これに対して三島由紀夫は、天の邪鬼的精神によって、剣道を始め、アメリカに対する反骨精神を養い、魂そのもののありかを探求していた。しかし、三島の始めた剣道は、スポーツ化された剣道であって、あくまでも人格形成の道としての剣道であった。

私が、三島論のなかで説いたように、三島由紀夫は、剣道5段の実力はなかった言う人がいるが、それは違う。戦後の人格形成の道としての剣道であるから、三島由紀夫が剣道5段の実力を持っていたとしてもなんら不思議はないのである。

それ以上に、かつての剣術のダイナミズムを味わおうとするならば、剣道と居合道、さらには合気道の三つを習得せねばならないであろう。無論、武道において完璧などということはあり得ない。

小田急線で牛刀をもって暴れた男が多くの人を殺傷したと言うが、そのような時に武道は有効であるのか、どうなのか。こうしたことまで考えると、やや複雑な思いが交錯する。

合気道の塩田剛三は、弟子から合気道でもっとも強い技はなにかと問われて、自分を殺しにきた相手と友達になることだと答えたという。

もちろん、塩田の言ったことは、最も強い技であるに違いないが、こうした境地は、もっとも難易度の高い境地に違いない。

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