20世紀の装飾〈短歌編〉(1)(執筆者:加藤孝男)

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吾木香(われもかう)すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ          

若山牧水『別離』(一九一〇年)

 牧水の代表歌の一つである。
 吾木香は、「吾亦紅」とも書く。その名の通り深い紅の花を咲かせる。すすきは、秋の代表的な草花として知られている。かるかやは、刈萱と書き、刈って屋根などを葺くのにも用いた。
 こうしたひょろ長い、さびしさの極みのような秋の草花を君に送ろうというのだ。
 短歌は調べの文芸である。この歌も、カ行音がみごとに配されている。なかでも、「すすき」、「秋くさ」、「さびしき」、「きはみ」、「君」という言葉のなかにある「キ」の音は、効果的に配合され、K音の美学とでもいうべきで、リズミカルである。
 この歌が収められた『別離』は、明治四三(一九一〇)年四月に刊行された。牧水にはすでに『海の声』、『独り歌へる』の二歌集があったが、この二歌集をあわせ、新たに新作をくわえたのがこの『別離』である。この歌集で、牧水の名は文学史に残ることになる。
その自序には、昨年に二五歳となり、人生の中仕切りの意味で、これを出版したとある。この時点ではみずからの寿命が四四歳であるとは思いもよらなかったろう。
 同じく自序に「左様なら、過ぎ行くものよ。これを期として我等はもう永久に逢ふまい」と記されている。それは青春との別離であり、恋人と別れをも意味していた。
 大悟法利雄らの研究によれば、牧水のこの時期の恋人は、園田小枝子という女性であった。
 牧水が小枝子を知ったのは、早稲田大学の学生の頃である。この恋愛が危うかったのは、小枝子が人妻で、二児の母であったことだろう。彼女はそのことを牧水に隠していたという。


  ああ接吻(くちづけ)海そのままに日は行かず鳥翔(ま)ひながら死(う)せ果てよいま


などの名歌も残る。ふたりの間には、子供までできたが、姦通罪を怖れて、里子に出し、やがて亡くなったという。
 この「吾木香」の歌が詠まれた頃は、その恋愛の絶頂期でもあったが、秋の草花を送るという行為のなかには、やがて来る冬枯れへの予感が秘められていた。
 牧水は、旅を愛し、執筆を生業として、四四年の短い生涯を生きた。その晩年は、静岡県の沼津に定住することになるが、そのころには、喜志子という伴侶がいた。 牧水の酒好きは有名で、その死亡診断書には、「急性腸胃炎兼肝臓硬変症(肥大性肝硬変)」の文字が見られる

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