ストレス社会の幸福(執筆者:加藤孝男)

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健康診断でひっかかり、今日、医者へ行って、腹部のエコーを撮ってもらった。その結果はさしたることもなく、人に語るべきものでもないので、詳しく書かないが、検診を担当した医師がはなはだ興味深かったのである。

この若い医師は、私が部屋に入っても全く会釈すらせず、じっと机に向かっている。そして私がお腹を出して、ベッドに横たわると、おもむろに向き直って、ジェル状のものをお腹に塗り、エコーを動かしはじめた。淡々として、一言も発せず、検査を終えて、腹に付いたジェルを拭き取って、終わりになった。

その間、さほどの時間はかからなかったはずである。その医者は全くコミュニケーションらしきものをせず、こちらが薄気味悪くなるほどであった。医師というものは、ドライであっても腕が確かならそれでもいいと、なにか腑に落ちない感情を抱きながら、仕事場に向かった。

検査のため、朝から何も食べていないので、近くの中華料理屋で食事を済ますことにした。土曜日ということで、いつものランチはなく、少し値の張る料理を注文して、食べようとした時、よく知った顔があらわれた。

10年前に大学を定年で退職されたW 先生であった。かつての同僚の教授は、それ以降もこの店に通われていたのであった。

「やあ」といいながら、いつもの定位置に座ると、料理にいろいろ指示をだされて、こちらに向き直られたのであった。自分は、今年で81歳だといいながら、いくつかの病院を掛け持ちされているという。医師には定年がないので、元気なうちは現役でいられるのである。医師といっても、精神科医で、産業カウンセラーの指導もされているという。

かつて、この先生が、大学に来られたとき、自己紹介の言葉がふるっていた。「医者と教師というのは変わった人間が多いのだけれども、自分は医者と教師の両方を兼ねている」というのである。そんなものかと急に可笑しくなり、親しみをもったのであった。

心理学系の先生に多い繊細さもなく、堂々とされているのである。かつて、心理学の先生に聞いた話であるが、心理学という学問はそれぞれの分野があって、たとえば、異常心理学とか、児童心理学とか、犯罪心理学とか、虐待心理学といったそれぞれの専門がある。その「学」の文字を外したものが、その先生のパーソナリティーであるというのである。そうであれば、異常心理学であれば、その人格は「異常心理」ということになる。

その点、このW先生は、薬の処方ができる精神科医である。日々病の患者と接していれば、暗くなりがちであるが、そうではなく、はつらつとして人生を楽しんでおられる様子である。

注文が一通りなされると、おそらくいつもそのようにされているのであろう。ビールがワインクーラーに入れて運ばれてきた。それを少しずつ飲まれながら食事を楽しむという風である。

私が健康の秘訣を問うと、「動物は餌が大事だからね」と仰る。もっともである。そして私に「白髪が多くなったね」と言われ、「あんたはいくつになったのかね」と年を問われた。

そして、最近出した本について語られた。それはストレス社会に関する本で、そのタイトルを3度も言われ、是非読んでほしいと強調される。そして、本を読んだら自分の所へ感想を送って欲しいと言われるのである。もらってもいない本の感想を送らねばならないというのは実に奇妙な話であるが、私は「そうします」と返事をして、その店から立ち去ったのであった。

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