安全神話の崩壊と国防軍の創設(執筆者:加藤孝男)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

3・11と、われわれはいうが、それは2011年の3月11日のことである。あの東日本大震災により 日本の安全神話は大きく揺らいだ。津波、地震以外にも、福島第一原子力発電所のメルトダウンによって、未曾有の原発の事故が起きてしまったことによる。

今日一日、メディアは震災の記憶を呼び覚ますような報道をしていたが、3・11は、その記憶を風化させないための指標である。

そもそも安全などというものはどこにもなかったのだが、戦後日本の空気は安全という神話を瀰漫させた。

最近なりを潜めてしまっているのが、安倍内閣と自民党による憲法改正論議である。この論議も戦後の安全神話に一石を投じるものであることは間違いない。米朝首脳会談が物別れに終わって、北朝鮮ではまた核施設が動き始めているという。

戦争そのものが危機の最たるものであるとすると、戦後の日本は長年にわたる平和を享受してきたことになる。これを平和憲法のお陰だという人々がいる。しかし、日本が憲法を変えなかったのは、極東を取り巻く安全保障の体制が変わらなかったためであった。

朝鮮戦争によって、38度線で南北が分断されると、そこが北と南との軍事境界線のみならず、アメリカ(日本)と社会主義国(北朝鮮)との軍事境界線となったのである。

昨年、その軍事境界線を越えて韓国の大統領と北朝鮮の国家主席が会談した。その勢いに乗じて韓国は南北統一を図るためにアメリカを巻き込んで朝鮮戦争の終結にむけ動こうとしている。

第2回の米朝首脳会談は物別れに終わったが、しかし、話し合いは継続していくという。話し合いが継続されて、南北の融和が加速すれば、当然軍事境界線は38度線ではなくなる。その軍事境界線が対馬あたりまで下りてくるという見方もあるようだ。

すでに日本と中国との軍事境界線が尖閣諸島にあり、また、日本と韓国との軍事境界線は竹島をめぐって存在し、さらにロシアと日本との軍事境界線が北方領土にあるように、日本の防衛ラインはますます狭まっている。

現在の憲法改正論議は、こうした状況の変化を念頭においている。2014年には、日本の平和憲法(9条)をノーベル平和賞に推薦しようと、韓国の政治家たちが立ち上がった。これは日本の改憲の動きを封じ込めようとする政治的な動きであったが、ノーベル平和賞は、人物でないものは対象とされないために見送られることになったという。

森友問題に端を発し、メディアは改憲議論を封じ込めようとする動きが国内にもある。そのため、改憲をめぐる議論は、なりをひそめているようにもみえる。しかし、自民党の改憲案は着々と体裁をなしつつあるとみるべきである。それは自民のHPで容易に覗くことができる。

焦点となっている9条の改正では、国防軍の創設というものが掲げられている。自衛隊ではなく、敢えて国防軍といったところに、自民党の危機意識が見え隠れしている。それは自衛隊を中心とする軍隊と、国民からの徴兵によって編成されるであろう軍隊が国防軍であるという風にも読める。

軍事境界線が38度線から引き下げられた時に、日本の安全神話は完全に崩壊し、危機意識ばかりが煽られる時代がくるであろう。日本は経済でも蹉跌し、領土も危ういということになれば、戦後一度もみなかったような光景が、そこらここらにあらわれるにちがいない。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメント

  1. 太田昌孝 より:

    その昔、怪人 岸信介の吐いた言葉は「戯言」として揶揄された。
    しかし、安全神話が崩壊しようとする今、不気味に底光りしながら列島に木霊している。
    70余年の不戦の歴史を【奇跡】と呼ばせないためにも、我々はこの国に【最後の神託】を突き付けなければならない。
    【スマホ内閣】に楔を打ち込み、とにかく新しいページを始めるのは青年の使命だ。我々old
    soldierはその勇姿を眺めながら次代の夢を語りたい。
    念のために言うが、old soldierとは老いた兵士ではない。たまにはその耳を傾けたまえ。

コメントを残す

*